「忘れられない駅の少女」

ある寒い冬の夜、大学生の裕樹は、帰り道の駅で終電を逃してしまった。
周囲は静まり返り、暗いホームには彼しかいない。
その駅は少々古く、薄暗い蛍光灯が点滅していた。
裕樹はスマートフォンをチェックし、次の電車の到着までまだ時間があることを知った。
仕方なく、待つ間、ホームのベンチに腰を下ろすことにした。

数分後、裕樹はふと、何かの気配を感じた。
目を細めて周囲を見回すと、ホームの端に小さな影が見えた。
よく見ると、制服を着た少女が立っている。
彼女はじっとこちらを見つめていたが、その表情はどこか哀しげだった。
不安を感じた裕樹は、視線を逸らし、スマホの画面に目を戻した。

すると、少女が近づいてくるのが見えた。
裕樹は心臓が高鳴るのを感じた。
彼女は無言で裕樹に近づき、足元に立つ。
背が低いため、裕樹は少し俯く必要があった。
彼女は少し冷たい声で問いかけてきた。
「ここに、一人で待ってるの?」

その問いに驚いた裕樹は、気まずそうに頷いた。
「そう、終電を逃してしまったんだ。」彼女はその言葉に少しだけ微笑み、何かを考えている様子だった。

「私も、ここに一人でいる。少し前、電車を待っていたんだけど……」彼女は言葉を続ける。
「うまく帰れなかったの。」

裕樹は興味を持って彼女の話を聞くが、次第にその言葉が重く感じられる。
「どういう意味?」と、彼は恐る恐る聞いた。
少女は目を伏せ、「私、この駅で戻れないの。かつてのこと、忘れられないから。」と、告げた。

「戻れない?」裕樹は納得がいかず、尋ねる。
「それはどういう意味だ?」

少女は頷き、ゆっくりと語り始めた。
「私はこの駅で事故に遭った。あの日、友達と一緒に帰ろうとして、線路に転落した。それ以降、私はこの駅から帰れなくなったの。ただ、こうして他の人々のそばにいるだけ。」

裕樹の背筋は冷たくなり、思わず身震いした。
理由も分からない不安感が胸を締め付けた。
「じゃあ、あなたは……幽霊なのか?」彼の言葉に、少女は静かに頷いた。

「私が見えている人は、どうすることもできないの。だから、私に思い出して欲しい。私のことを、他の誰かにも話してもらいたいの。」少女の今にも消えそうな声に、裕樹は強い同情を感じた。
彼女の切実な願いが、心を打ったのだ。

「どうたりなくても、君は居るんだね。誰かが君を思い出してくれたらいいのに。」裕樹は心からそう感じた。
「君の名前は何ていうの?」少女は微笑みながら言った。
「ゆみ。忘れないでね。」

すると、急にホームが揺れ、裕樹は思わず女の子の方を見た。
しかし彼女の姿は、次第に薄れていく。
その瞬間、裕樹は悲しみに満ちた声で叫んだ。
「ゆみ、待って!忘れないから!」

そして、ゆみの姿が完全に消えると同時に、次の電車が到着した。
裕樹は深く息を吸い込み、彼女の言葉を心に刻みながら、電車のドアを潜った。
周囲の駅は平穏で、何事もなかったように見えたけれど、彼の胸にはゆみの存在が確かに宿っていた。

彼は決して彼女のことを忘れず、次の日から何度も友人たちに語りかけることにした。
自分の出来ることで彼女の願いを叶えたいと強く思うのだった。
駅の片隅で、今でも彼女がどこかで誰かを待っていることを、裕樹は決して忘れない。

タイトルとURLをコピーしました