ある静かな漁村に、真(まこと)という少年が住んでいた。
彼は毎日のように海で遊び、猫と共に過ごすのが日課だった。
真は特に一匹の黒猫、時(とき)を可愛がっており、彼女には特別な絆を感じていた。
時は特異な魅力を持っており、村の人々からは「不思議な猫」として知られていた。
ある日、真はいつものように海岸で時と遊んでいた。
突然、空が暗くなり、強風が吹き荒れてきた。
真は驚きながらも、時を抱えてその場から逃げようとした。
すると、同時に彼の足元から何かが落ちる音が聞こえた。
振り返ると、何か小さな物体が砂に埋もれているのが見えた。
真は興味を惹かれ、足を止めてその物体を掘り出すことにした。
掘り出したのは、古びた銀色の鈴だった。
鈴は美しく、真はそのまま持ち帰ることにした。
家に帰ると、彼は鈴を時の首に付けてやった。
鈴が音を鳴らすたびに、時は嬉しそうに身をよじり、真はその姿を見て満たされた気持ちになった。
しかし、その鈴には村の古い伝説が秘められていた。
昔、この村では「の書」と呼ばれる呪われた文書が存在し、それを所有した者には不幸が訪れると言われていた。
鈴はその文書の一部であり、誰かが長い間隠し続けていたものだった。
時はそれを発見することになったのだ。
日が経つにつれ、真は鈴を持っていることが彼の生活に悪影響をもたらすことに気づき始めた。
時の動きがどこか異様になり、夜中になるといつも奇妙な鳴き声を上げることが増えていった。
そして、周囲に不穏な気配が漂っているのを感じるようになった。
ある晩、真は時が元気に鈴を鳴らす音を聞いた。
だが、彼が目を覚ますと、時の姿が見当たらなかった。
心配になった真は、村の外れにある古びた神社へ向かうことにした。
そこでは、かつて「の書」が保管されていたと言われていた。
その道中、彼の心には強い不安がよぎった。
時が鈴によって何かに囚われてしまったのではないかという恐れだ。
神社に到着した真は、心臓が高鳴り、手が震えるのを感じた。
神社の中は暗く、静寂が支配していた。
彼は懸命に時の名前を呼び続けた。
しかし、何も答えは返ってこなかった。
その時、何かが彼の耳元で「落ちてしまう…」と囁いた。
急に、背後から冷たい風が吹き抜け、真は振り返った。
そこには時がいた。
しかし、その目はかつての優しさを失っており、鈴の音が耳に響くたびに彼女の姿が揺らいでいた。
真は時の元へ駆け寄り、抱きしめようとしたが、彼女は不気味に後ずさり、鈴が落ちる音がした。
激しい風が吹き荒れ、鈴が地面に落ちると同時に、周囲は闇に包まれた。
真は恐れに駆られながら、何が起こったのか理解できなかった。
すると、目の前で時が消えていった。
「真、早く戻っておいで」と最後に彼女の声が聞こえた。
翌朝、真は村の浜辺で目を覚ました。
周囲には何もなく、時の姿も鈴も全てが消えていた。
心に深い空虚感を抱えた真は、再び海の青さを見ながら思った。
時は戻ってくるだろうか、彼女との絆は果たして本当にあったのか。
それ以来、真は海の静けさの中で、時の声がどこかで囁き続けているのを感じるようになった。
「真、戻っておいで…」という声が、いつか再び彼を導くことを祈りながら。