「戻り道の声」

東京の片隅にひっそりと佇む古いトンネル。
その周りは雑雑とした街の喧騒から切り離されているようで、昼間でも薄暗く不気味な雰囲気を漂わせていた。
人々はそのトンネルを避けるようにして通り過ぎ、思い出すことさえためらう場所となっていた。

ある晩、佐藤健一は友人たちと共に、そのトンネルの噂を聞きつけ、肝試しに訪れることにした。
健一はおどけた性格で、こういった恐怖体験を面白がるタイプだった。
友人たちも同様に、ただの遊び感覚でこの場所に足を運んでいた。
しかし、トンネルの中に入った瞬間、彼らは何かが違うことに気づく。

周囲の空気はひんやりとした冷たさを帯び、耳を澄ますと、微かに人の声が耳に入ってきた。
それは「助けて」というか細い叫び声のようにも聞こえ、気のせいだろうと皆で笑い合っていた。
だが、健一だけはその声の真意を探るように、トンネルの奥へと進もうとした。

「もっと奥に行こうよ、声がしてる!」と健一が声を張り上げると、友人たちは一斉に瞳を見開いた。
「本当に声がするのか?」と恐怖が一瞬にして彼らの心に忍び込む。
だが、健一はその好奇心から想像以上に興奮していた。

トンネルのさらに深い場所へ進むにつれて、声はかすかに響き続け、「戻ってきて」というメッセージが明確に感じ取れるようになっていた。
友人たちはさすがに不安を感じ、引き返すべきだと訴えかけるが、彼の好奇心は尽きそうになかった。

すると、突然、トンネルの壁に刻まれた文字が目に入った。
「再生を待つ者たち」。
その文字は新たに彫られたように生々しく、何か不気味な感覚を覚えさせた。
健一はその文字に惹かれ、さらに奥へと進むことを決意したが、友人たちは心配になり、ついて行くのをためらった。

彼は一人で奥へと進むうちに、自分が見えるもの全てが真実であるとは限らないという考えを巡らせ始めた。
無限に続く暗闇の中、徐々に声は鮮明になっていく。
「戻ってきて、健一」と再び響く声に健一は胸を痛め、恐怖に駆られた。

それでも彼は足を止めることができなかった。
何か取り戻さなければならない気がしてならなかったのだ。
丁度その時、目の前に、かつて彼が幾度も遊んだ懐かしい遊び場の景色が幻影のように現れた。
まるで彼が幼かった頃に戻ったかのように、周りには友人たちの笑顔があった。
しかし、その後ろ姿はすぐに薄れ、真っ白な影となって消えていった。

健一はその感覚に戸惑い、声に導かれるまま振り返ろうとすると、そこには自分自身の姿が映し出されていた。
「あなたは何を探しているの?」その自分に問いかけられると同時に、彼自身の心の奥に埋もれていた過去の後悔、孤独、不安が一気に押し寄せた。

「新しい自分を見つけるために戻る必要がある」と健一は言葉にした。
彼は過去を背負い、自分の本当の思いを理解しなければならないと感じた。
そしてその時、心の中で何かが変わった。
過去を清算し、受け入れることができれば、再び進むことができるという希望を持ち始めた。

彼はトンネルを戻ることを決意し、友人たちを探し出すために振り向いた瞬間、全てが静まり返り、暗闇が彼を包み込んだ。
耳鳴りがした後、周囲の声が消えた。
驚くべきことに、彼は再び静かな日常へと戻るための一歩を踏み出した。

トンネルを抜け出すと、そこには彼の友人たちが心配そうに待っていた。
顔を上げると、健一は彼らの存在に感謝の気持ちが芽生えた。
ただの遊びごとではなく、人生そのものが試されていることを痛感したのだった。
彼は友人たちと再会し、その日の恐怖を語り合うことで、新たな自分として生まれ変わったのだ。

タイトルとURLをコピーしました