北の小さな町に、いつも静まり返った森があった。
その森には、昔から語り継がれる不思議な伝説があった。
かつて、森の奥深くに住む「霊」が、町の人々に大切な教訓を伝えていたという。
彼女の名は美咲。
美咲は、かつてこの森で豊かに暮らしていた女性で、ある日不幸な事故に見舞われて命を落としたと言われていた。
しかし、彼女は成仏することなく、森の中に残り続けたらしい。
町の人々は、森に入ることを恐れ、美咲の悲しい魂を気遣っていた。
しかし、時折「美咲の声」を聞いた者がいた。
その声は、まるで死者のようにどこか物悲しく、時には優しさをも感じることもあった。
しかし人々は、その声に耳を貸すことなく、恐れを抱いて森を避けていた。
ある秋の日、大学生の隆太は、友人たちとともにこの森に入ることに決めた。
彼らは興味本位で森の深い部分に足を運び、その存在を確かめようとした。
隆太は、友人の中でも特に好奇心が強く、どこか霊的な存在に興味を持っていた。
仲間たちは「やめたほうがいい」と警告したが、隆太は「大丈夫だよ、何も起こらないって」と言い切った。
隆太たちは森の奥に進むうちに、薄暗い場所に辿り着いた。
そこで突然、黒い鳥が低く鳴きながら飛来し、彼らの周囲を旋回し始めた。
仲間たちは怖くなり、森を出ようとしたが、隆太だけはその場に留まった。
「こんなところで何か起こるはずがない」と言い、鳥を追いかけることにした。
彼は霊的な存在への興味を持ち続けたが、美咲の存在を意識することはなかった。
その時、彼の耳に再び美咲の声が響いた。
「義を忘れないで…」という響きが空気の中で漂った。
隆太は思わず立ち止まった。
声は、どこか彼自身に問いかけてくるようだった。
その瞬間、彼は黒い鳥が彼の方へ向かって降りてくるのを見た。
その瞬間、隆太の目の前に美咲の霊が現れた。
白い衣をまとった彼女は、優しげな笑顔で隆太を見つめていた。
しかし、彼女の目には悲しみが宿っていた。
「なぜここへ来たの?」美咲は言った。
「この森は私のもの。あなたたちを守りたいと思っている。でも、義を忘れてはいけない」という言葉が、隆太の心に深く突き刺さった。
彼は、友人たちが呼ぶ声が遠くから聞こえてくることに気づいた。
しかし、なぜか彼はその光景から目を離せなかった。
「義」とは何か、彼はその意味を掴みかねていた。
すると急に、黒い鳥が凄まじい勢いで空を舞い、美咲の霊の周りを飛び回った。
隆太は恐れを感じ、目をつむったが、耳元では鳥の羽音が不気味に響いていた。
「失ってはいけない、あなたの義心を…」美咲の声が再び響く。
彼の心に過ぎ去った過去の思い出が押し寄せてきた。
友人たちのこと、家族のこと、そして自分が一度失った大切な価値観…隆太はその瞬間、何が最も大切かを悟った。
目を開けると、森は静まり、黒い鳥は姿を消していた。
美咲の霊はもうそこにはいなかったが、彼女の言葉は隆太の心に深く刻まれていた。
彼は急いで友人たちの元へ戻り、彼らも無事であることを確認した。
「大丈夫だった?何か見たの?」友人が恐る恐る尋ねる。
隆太は強く頷き、こう言った。
「義を忘れない。これからは、本当に大切なものを守るよ」彼は深く息を吸い、一歩ずつ森を出ることを決めた。
彼の心には、美咲の言葉が生き続けていた。