静寂が支配する山村の一角に、古びた家がぽつんと立っていた。
そこには、80歳を超えた老女、和子が一人で暮らしていた。
彼女は周囲の村人たちから敬遠されていた。
若い頃に数々の恐ろしい話を語り継がれたため、その存在はいつしか村の禁忌となった。
和子の家は、山のふもとに位置していたが、決して訪れる者は少なかった。
母屋の外壁は苔に覆われ、扉は名残惜しそうに軋む音を立てていた。
だが、最後の訪問者は和子の孫、健太だけだった。
彼は幼い頃から祖母を慕っていたが、成長するにつれ、村の噂に怯え、次第に足が遠のいていた。
ある日、和子は日が暮れる頃に、昔を懐かしんで外に出た。
静かな地に広がる山々の陰に、彼女の目は吸い寄せられた。
ふと、子供の頃に遊んだ記憶が蘇る。
遠くの森から、楽しげな子供たちの声が聞こえてくるような気がした。
本当にその声が聞こえたのか、それともただの幻なのか、和子にはわからなかった。
村では、最近、子供たちの行方がわからなくなるという現象が続いていた。
和子の耳にも、村人たちの憶測が伝わってきた。
それは、あの古い家の女が何か関与しているというものだった。
「遠くの山から、子供たちを呼び込むのだ」と噂されるようになった。
彼女の持つ不思議な力が恐れられ、多くの者が彼女を忌み嫌った。
その噂を聞いた健太は、何か心に引っかかるものを感じていた。
和子の元へ行くことはできなくなっていたが、ある夜、彼はどうしても祖母の声が聞きたくなり、ついに家に足を運んだ。
月明かりの下、家に近づくと、あたり一面が静まり返っている。
ドキドキしながら扉を叩くと、和子のかすかな声が応えた。
「おかえり、健太。」
彼は中に入り、自分の心の内をぶつけた。
村人たちの噂を聞いているかと尋ねると、和子は静かに頷いた。
しかし、彼女の目には悲しみが漂っていた。
「私のせいではない。私には何もできないのだ。」
その言葉に健太は驚いた。
和子はかつて、子供たちに遊びを教え、愛情を注いできたのだ。
しかし、今やその思い出は美しいものとして消え去り、彼女は村の恐れの的となっていた。
和子は言った。
「彼らは私を恐れている。でも、あの子たちが私のところに来てしまっているのは、私のせいではないの。」
次の日、健太が村へ帰ると、さらなる悲劇が待っていた。
子供たちが行方不明になったのだ。
そして、目撃された噂話が、不気味な形をとって伝わった。
「あの山の奥には、子供たちが集まる不思議な場所がある。」その私信は村全体に広がり、ますます和子への恐れが増していった。
健太はそんな村の雰囲気が許せなかった。
彼は祖母のもとへ戻り、もう一度話す決心をした。
祖母が本当に恐れられている理由を知りたいと強く思ったのだ。
再び扉を叩くと、今度は声が返ってこなかった。
不安を抱えながら家の中に足を踏み入れると、和子は不気味な空気の中で立っていた。
「私の心の中に、子供たちはいるの。彼らを解放することはできないの。」と和子は言った。
その光景に、健太は心の底から恐怖を感じた。
「祖母、どうすればいいんだ!?」
和子は目を閉じ、彼女自身の過去を静かに語り始めた。
そして、その声は村に響き渡り、健太は記憶を突きつけられることとなった。
彼女の愛情と慈悲の心が弱さを招き、子供たちを導いてしまったのだ。
彼らの声は消え去ったのではなく、長い間彼女の心の中に留まり続けていた。
その夜以降、村には静寂が訪れた。
しかし、時が経つにつれて子供たちが戻ってくる騒動が再び起こるようになった。
村人たちが和子を恐れ、避け続ける限り、その声が決して聞こえないことを彼らは知らなかった。
そして、和子だけが、その絶望と運命を一人で背負い続けることになったのだった。