「湿った記憶の囚われ」

湿気が漂う、薄暗い林の中、一人の男がいた。
彼の名は裕二。
彼は仕事のストレスから逃れるため、週末を利用して久しぶりにアウトドアに出かけることにした。
この湿った林は、彼が子供のころによく遊んだ場所だった。
懐かしさが彼を包み込むが、その裏では奇妙な不安感が同時に彼の心を蝕んでいた。

裕二は冷たい風に吹かれながら、昔遊んだ秘密の場所を目指して進んでいった。
その場所は、かつて友人たちと一緒に秘密の基地として作った小さな小屋だった。
しかし、彼が小屋に近づくにつれて、心のどこかに不安が募る。
周囲の湿気が彼の皮膚にまとわりつき、過去の思い出が彼を取り巻いたかのように感じられた。

小屋に着くと、彼はその朽ちかけた姿に驚いた。
幾度かの雨に打たれ、木の板は色褪せ、そこここに苔が生えている。
裕二は中に入ろうと思ったが、何かが彼をためらわせた。
思い出の中では、楽しい時間を過ごした場所だったはずなのに、今はただ静けさと湿気が支配している。

彼は無理に扉を開け、中に足を踏み入れた。
その瞬間、まるで誰かがじっと見つめているような感覚が彼を襲った。
薄暗い小屋の中には、かつての笑い声が聞こえない。
裕二の脳裏には、失ったものの影が浮かび上がる。
彼は友達と過ごした日々、あの楽しかった思い出がどこかへ棄て去られたように感じた。

「もしかして、僕こそが捨てられた存在なのだろうか…」裕二はふと呟いた。
すると、突然、外から突風が吹き込んできた。
小屋の木の板がきしむ音と共に、何かが裕二の目の前で動いた。
驚いて振り向くと、そこには誰かが立っていた。

その影はかつて裕二と過ごしていた友人の一人、健二の姿だった。
しかし、彼の表情は無惨で、まるで過去の亡霊のように見えた。
裕二の心臓は突如、早鐘のように打ち始めた。
「健二…?」彼はその名前を呟いたが、影は無言でこちらを見つめているだけだった。

「どうして君がここに…」裕二は言葉を重ねたが、その声は湿った空気の中でかき消されていく。
健二の目に浮かんでいるものは、かつての友人の温かさではなく、失ったものへの哀しみと恨みの色だった。

その瞬間、裕二は理解した。
彼の心の奥に潜んでいた不安感は、過去の思い出が自らの存在を許さず、何かを求めているようだった。
彼は逃げ出そうとしたが、体が動かない。
湿った空気が彼の周りを包み込み、思考を奪っていく。
裕二は深い恐怖に襲われた。

「君は誰も求めていなかったじゃないか。」健二の影が囁く。
裕二の脳裏には、かつての無邪気な日々が浮かび上がる。
しかし、それはもはや遠くにある記憶であり、彼自身がそれを選んで捨て去った現実だった。

彼の心の中に、過去の懐かしさが拒絶された温もりがこみ上げた。
彼の目の前には、もう一度健二が立っている。
今度は彼の表情に微かな笑みが浮かんでいた。
「私たちはここにいる。お前はもう捨てることはできない。私たちが切り離された分、もう一度戻ってきて。」

裕二はその言葉を聞き、何かが融解していくような恐怖を感じた。
彼は過去を裏切り、無視して生きてきたことを自覚した。
しかし、登場した友人の姿に心が惹かれ、彼は小屋から逃げることができなかった。
やがて、彼の心にかつての思いが再び渦巻く。

結局、裕二は再び湿気に包まれた小屋で、過去への執着と恐怖に苛まれ続けることになった。
彼の運命は、忘れられた場所に囚われ、永遠に元の場所に帰れないことを選ばざるを得ない。

タイトルとURLをコピーしました