静かな田舎町にある、古びた民家の一室。
その部屋には一枚の大きな鏡が飾られていた。
日光の到達しないその部屋は、いつも薄暗く、湿った空気が漂っている。
住人の吉田は、町中で「難しい子」と呼ばれている少女だった。
彼女は周囲の人たちとコミュニケーションを取ることが苦手で、いつも自分の世界に閉じこもっていた。
ある日、吉田はふと鏡の前に立ち尽くした。
鏡は、古びた木枠の中で、まるで別の世界へと通じる扉のように輝いて見えた。
彼女はその光景に魅了され、思わず手を伸ばした。
すると、鏡の中で何かが動いた。
まるで誰かがこちらを見ているかのようだった。
吉田は驚き戸惑いながらも、自分を映すその姿に、何か不思議な親近感を覚えた。
その晩、吉田は夢を見た。
そして、その夢の中で、鏡から出てきた自分の姿が語りかけてきた。
「あなたは、ほんとうは何を求めているの?」吉田は思わずその問いに答えた。
彼女は孤独を感じていた。
誰かと話したい、誰かと理解し合いたいと思っていた。
次の日、吉田はまた鏡の前に立った。
鏡の中の自分は口元に微笑みを浮かべ、「道を探しなさい。私と同じ道を。」と言った。
その言葉は、吉田の心に深く響いた。
彼女はその指示に従い、町を散策することにした。
しかし、彼女の行動は周囲には奇妙に映った。
彼女が駆け回る様子は、まるで何かに引き寄せられているようにも見えた。
その道は、町外れの森へとつながっていた。
吉田はその道を静かに進んだ。
すると、ふとした瞬間、周囲の雰囲気が一変し、奇妙な感覚に包まれた。
彼女は自分が迷っているのではないかと感じた。
背後から不気味な影が迫ってくるようで、逃げ出したくなった。
しかし、何かに導かれるように、彼女はそのまま進み続けた。
しばらくすると、森の奥深くに一つの空間が現れた。
そこには、同じく古い鏡がもう一枚置かれていた。
この鏡は、一層の圧迫感を孕んでいた。
吉田はその鏡に近づき、また自分を映した。
しかし、今度はその鏡の中の自分が、明らかに異なる顔をしていた。
目は虚ろで、口元には不気味な笑みが浮かんでいる。
吉田は恐怖を感じた。
「これは罠よ。私を代わりにするつもりなの?」吉田は叫んだ。
すると、鏡の中からその姿が一歩、また一歩と近づいてきた。
同時に、周囲の空気が重くなり、動けなくなった。
彼女は自分がその鏡に囚われてしまうのではないかという恐怖に駆られた。
しかし、逃げることはできなかった。
「終わりは来ないわ。あなたの一部は、私が引き受けるのだから。」その声が耳の中でこだました瞬間、吉田は激しく鏡を叩いた。
だが、彼女の手は鏡に吸い込まれ、完全にその世界に閉じ込められてしまった。
数日後、町の人々は吉田を探したが、彼女の姿はどこにも見当たらなかった。
民家の中の鏡だけが、静かに反射を繰り返し、その冷たい表情を保っている。
やがて、彼女の存在はまるで風に消えていくように忘れ去られ、ただの「難しい子」としての噂だけが、町に残された。
どこかで彼女がその鏡の裏で必死に生き延びていることは誰も知らなかった。
しかし、あの鏡は今でも村に残り、時折、吉田の微笑みが浮かぶことがあるという。