深夜の薄暗い公園で、太郎は一人でランニングをしていた。
彼がこの公園を訪れたのは、それまでのストレスを解消するためだった。
音楽を聴きながら、彼は一歩一歩、静かな道を進んでいく。
しかし、その公園では、彼が思いも寄らない現象が待っていた。
公園の中心にある大きな桜の木のところで、太郎はふと立ち止まった。
明らかに異様な空気が漂い、その場所は他の部分とは違う静けさがあった。
周りの虫の声も聞こえず、まるで時間が止まったかのようだった。
彼はその異様な感覚に抗うように、音楽を僅かに大きくして、もう一度走り出した。
しかし、走るたびに、桜の木の方から視線を感じる。
振り返ると、朧げな影が桜の下に佇んでいるのが見えた。
思わず息を飲む。
影は静かに、ただそこに立っているだけだ。
好奇心が勝った太郎は、その影に近づいてみることにした。
「君は誰？」と声をかけると、影がゆっくりと振り返った。
現れたのは、若い女性だった。
彼女の顔は青白く、目は異様に大きな黒目がちで、笑みに見えるような、不気味な表情を浮かべていた。
「私は…ここを守る者だ」と、女性は囁くように言った。
「この公園には、抗えない運命がある。」
太郎はその言葉に疑問を抱くが、まるでその場から逃げられないような強烈な引力を感じていた。
彼女の言葉に執着し、何かを知りたいという衝動が生まれた。
「運命って、何なの？」太郎は尋ねた。
女性は何も答えず、しばらくじっと太郎を見つめていた。
その目の奥には何か深い悲しみが宿っているように見えた。
「私の友人は、ここで消えた」と彼女はようやく言った。
「彼女を救うためには、私に名前をかける人が必要だった。でも、誰も私の声を聞かなかった。だから、私はここにいる。」
太郎は自分の心臓が早鐘のように打ち鳴らされるのを感じた。
彼女の物語に惹かれつつも、恐怖を抱えていた。
「それで、私は何をすればいいの？」
「私の名を呼んで。私は忘れられ、放置された存在だから。呼ばれれば、私の存在はこの公園に留まらず、解放されることができる。」
太郎はその言葉に迷った。
下手に呼べば、何が起こるかわからない。
しかし、彼女の淋しそうな目を見ているうちに、彼は確かに何かが始まるのを感じた。
彼女を助けることで、自分自身の心も救われるような気がした。
「じゃあ、あなたの名前は？」太郎はついに聞いた。
彼女は少し微笑んで、「まゆみ」と答えた。
その瞬間、太郎は心の中で「まゆみ」と叫んだ。
強い風が吹き荒れ、枯れ葉が舞い上がる。
桜の木がざわつき、その時、彼女の悲しい表情が一瞬消え、彼女が微笑んでいることを確認した。
太郎はその中に、恐れの他に、安心感すら感じた。
「ありがとう」と彼女が言った瞬間、その姿が徐々に薄れていく。
桜の木の周りに流れる穏やかな空気は、かつての不気味さとは打って変わっていた。
太郎はその瞬間、彼女の存在が彼から離れていくのを感じた。
太郎は公園を後にし、再びランニングを始めた。
彼の心は軽く、背後で静かな風が彼を送り出しているように感じた。
まるで、公園の影から解放されたようだ。
だが、その時、風の中にかすかな声が聞こえる。
「いつかまた、会いましょう…」
彼は思わず立ち止まり、その声に耳を傾けたが、さほど深い意味を理解することはできなかった。
ただ、彼はその声が彼の心の中に留まっていることを感じた。
無数の星が見上げる空の下で、太郎は新たな夜の中へと走り出した。
