秋のある晩、田中翔太は友人たちと心霊スポットとして知られる古い墓地を訪れた。
彼らは肝試しを楽しみにしていたが、翔太の心には何か重苦しいものがあった。
それは、彼が最近告白した女性、佐々木梓の心を他の友人に奪われてしまったことによる嫉妬だった。
彼はその感情を抑え込もうとしたが、次第にそれが膨れ上がるのを感じていた。
月明かりが薄く照らす墓地は、静かでありながら重厚な空気に包まれていた。
蝉の鳴き声は既に過ぎ去り、代わりに夜風が吹き抜けていく。
翔太は仲間に促されるまま、一番奥の墓へと向かう道を進んだ。
そこには朽ち果てた古い墓石が立ち並び、その中の一つには不気味な影が落ちていた。
「なんだか変な感じがするな…」翔太は呟いた。
友人たちは笑って「何言ってるんだ、幽霊なんていないさ！」と彼をからかい、墓石の前で冗談を続けている。
しかし翔太はその影に目を奪われ続け、何かが彼を呼んでいるような感覚に陥った。
翔太が一歩近づくと、突然風が強まり、周囲の空気が一変した。
その瞬間、彼は影が動いたのを見た。
黒い影が墓のそばに立つ人のかたちでふわりと浮かんでいた。
驚いて後ろに下がると、友人たちもまるで見ているかのように、恐怖に固まった。
「なんだあれ…！？」友人の一人が声を震わせた。
「早く逃げよう！」もう一人が叫び、彼らは一斉にその場を離れようとした。
しかし、翔太はなぜかその場に留まっていた。
嫉妬の感情が彼の心を捉え、影に寄り添うように踏み込んで行った。
「お前も梓を奪ったのか？お前がナンバーワンとでも思っているのか…？」翔太は影に向かって静かに呟いた。
彼の心には負けん気と嫉妬の念が渦巻いていた。
影は彼の言葉に反応したかのように、さらに大きく、形を変えながら翔太に迫ってきた。
そして、その形はまるで彼の周囲にいる友人たちの姿に重なり始めた。
彼はその瞬間、何かが自分の中で壊れていく音を聞いた。
嫉妬が彼の心をかき乱し、彼はついに自分を失いかけた。
「お願いだ、私を解放して…」影が抵抗するように囁いた。
それは友人たち、そして梓の声が混ざり合ったもので、翔太の心を直撃した。
彼は自分の嫉妬がどこまで彼を堕落させるのかを悟った。
しかしその時、彼の心は完全に影の中へと飲み込まれていった。
翔太は一瞬、墓の中から浮かび上がった映像を見た。
それは梓が他の友人と笑いながら楽しそうに過ごす姿だった。
彼は自分だけがその場から取り残されたように感じ、嫉妬がさらに燃え上がった。
影はその嫉妬を吸い取り、さらなる力を蓄えていく。
「私を解放して…」影の声は強く、そして悲しみに満ちていた。
翔太は自分の心が簡単に壊れてしまうことを感じ、影の真の姿を理解した。
それは彼自身の嫉妬によって生まれた、取り返しのつかない存在だった。
その夜、翔太は何が起こったのかまったく覚えていなかった。
気がつくと、彼は墓地の入り口に立っていた。
周囲には友人たちの姿が見えず、ただ静寂だけが広がっていた。
その瞬間、彼は自身の嫉妬が、その影を壊してしまったことに気づいた。
友人たちの記憶、梓の微笑み、その全てが彼の中から徐々に消えていくのを感じた。
結局、翔太の心にはただの空虚が残り、彼はその後、墓地へ決して近づくことはなかった。
嫉妬の影が彼から完全に、壊れてしまい、彼は別の人生を歩むことを余儀無くされたのだった。
