「消えた嫁の運命」

榊原家に嫁いだ美咲は、夫の実家である古びた舎に住むことになった。
舎は田舎の片隅にひっそりと建っており、周囲には田畑が広がっていた。
家族の話では、この舎には長い間何も起こらない静かな日常が続いていた。
しかし、その静けさの裏には、人知れず消えた者たちの噂が隠されていた。

美咲は初めて舎に来た時、微かに感じた不気味さを気のせいだと思い込んだ。
夫の健太はそんな美咲を優しく迎え入れ、彼女の心を和ませるため積極的に舎を整えていった。
しかし、美咲は時折、風が吹き抜けるときに耳の奥に響くかすかな声を聞くことがあった。
その声は、自分の名前を呼ぶように聞こえた。

ある晩、美咲は夜更かしをしていた。
健太は疲れて早寝をし、舎は静けさに包まれていた。
美咲は、どこからか漂ってくる香ばしい香りに引き寄せられ、台所へ向かった。
そこで、何かに導かれるように引き出しを開けると、古い取りろうそくが見つかった。
これを使って何かをしてみたくなった美咲は、フワリとした明かりの中で自分の影を見つめていた。

そのとき、耳を澄ませた美咲は、再びあの声を聞いた。
「助けて……」それは低い声で、まるで遠くから響いてくるようだった。
美咲は身震いし、声の方へ向かうことが正しいか迷った。
しかし、その声が強く心に迫ってきたため、思わず階段を降りて行くことにした。

舎の地下は薄暗く、湿った空気が漂っていた。
足音が消え、ただ静寂だけが続く。
そこで美咲は、何かの影に気づいた。
それは小さな少女のようで、まるで気配が消えていこうとしているかのようだった。
美咲は恐怖で動けなくなり、声をかけた。
「あなたは誰なの?」少女は振り返り、無表情で美咲を見つめた。
その瞬間、美咲の心に走る恐怖。
彼女はぞっとして後退り、少女は静かに消えてしまった。

その晩、美咲は夢を見た。
夢の中で、彼女は舎の中をさまよっていた。
見知らぬ場所に通され、次第に暗闇が迫ってくる。
目の前には少女の姿があり、彼女は何かを訴えかけるように指を指していた。
美咲はその先を見ると、かつてここに住んでいた嫁の姿があった。
彼女は薄暗い中で、忘れ去られたように消えていく。

目が覚めた美咲は、恐怖に包まれた。
そして、健太の元へ駆け寄り、夢のことを話すと、健太は心配そうに眉をひそめた。
「実は、過去にここで嫁が行方不明になったことがあるんだ」と語った。
美咲は耳を疑った。
何も知らないままこの舎に来てしまったのか。

何日かが過ぎ、美咲はまた不思議な現象が続いていることに気づき始めた。
時折、家事をしていると背後から視線を感じ、ふと振り返ると誰もいない。
健太は仕事で留守がちになり、美咲は一人で過ごすことが多くなった。
彼女は恐怖を抱えつつも、舎の秘密を探り続けた。

ある日、舎の古い書類を整理していると、消印のない手紙を見つけた。
その内容は、昔の嫁がどうしても残したかった思い出や日常の一部についてだった。
その中には、厳しい家族に縛られ、逃げた先で見つけた幸福な時間が描かれていた。
しかし、その手紙の最後には「私は消えてしまった。私のことを忘れないで」と書かれていた。

美咲は、その手紙の内容に恐れを抱いていた。
まるで彼女自身がその運命を辿るのではないかと感じた。
しかし、心のどこかでそれが運命だと受け入れ始めていた。
彼女は次第に孤立感を感じながらも、舎にいる意味を考え続けた。

さまざまなことが重なり、美咲は次第に感覚が麻痺し、夢と現実の境目が曖昧になっていった。
彼女の中に何かが住み着いていた。
時折、彼女は無限のような暗闇の中で少女に出会い、「どうか消えて」と願うようになっていった。

それ以降、美咲は彼女の姿を見かけなくなったが、彼女の存在は確かに舎の中で息づいていた。
ある日、健太が帰ると、美咲の姿はもうなかった。
彼女は消えてしまった。
舎は静けさに戻り、過去の嫁と同じ運命をたどる者がまた一人増えたのだった。

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