「雪に消えた記憶」

雪が静かに降り積もる冬の夜、東京都内でも珍しいほどの積雪があった。
蒼井明は、友人たちとはぐれてしまったことを後悔していた。
スキー場の周辺にある別荘で新年を祝う集まりに参加していたが、雪が強くなってきたため、彼は一人で外に出たのだった。
友人たちの笑い声は雪に消され、ただ自分の足音だけが響く。

明は少し不安になりつつも、周囲の美しい景色に目を奪われていた。
柔らかい雪が月明かりに照らされ、まるで幻想的な世界にいるかのようだった。
ただ、すぐに彼を不安にさせるものがあった。
それは、時折聞こえてくる誰かの声だった。

「明さん…明さん…」

その声は、薄暗い森の向こうから響いてくる。
驚いて振り向くと、ただ雪が降る静寂しかない。
もう一度聞こえた。
その声は確かに彼の名前を呼んでいた。
分からないその声は、彼の心に不気味な感覚をもたらした。

「誰?そこにいるのか?」

返事はなかったが、ふと気づくと、雪がやけに深くなっているポイントがあった。
もしかして、友人が埋まっているのかもしれない。
明はその場所に近づき、雪を掘り始めた。
しかし、掘っているうちに、あるものが手に触れた。
それは冷たく硬い物体だった。

驚いて、それを取り出すと、何かの首のような形をしたものが出てきた。
びっくりして手を離すと、再び耳元で聞こえた声が不気味に響く。
「助けて…助けて…」

振り返ると、そこには暗い影が立っていた。
顔は見えなかったが、その存在は明に向かって手を伸ばしていた。
恐怖で動けなくなった明は、思わず「誰だお前は!」と叫んだ。

その瞬間、影が一瞬で彼の目の前に近づいてきた。
影は口を開き、「私を断ち切って…」と告げた。
明は何を言っているのか理解できない。
しかし、確かに彼は今、助けが必要だった。
この影は、彼が見たことも聞いたこともない何かだと感じた。

恐る恐る尋ねる。
「どういうことだ?」

影は姿を少し明らかにし、白い服を着た女性になった。
その顔は無表情で、目は虚ろだった。
彼女は続けた。
「私を助けて…断ち切って…ここから抜け出させて…」

その瞬間、彼の脳裏にある思い出がよぎった。
それは、彼がこの別荘に来る前、友人に話してもらったおばあさんの話だった。
ある冬の晩、雪に埋もれた村で、人々が一人ずつ姿を消していくという。
それは呪いで、呪われた者は「助けて」と叫び続けるのだと言っていた。

明は直感的にそれを理解した。
「君もその呪いに…」

女性の影は頷き、その顔が少しずつ明に近づいてくる。
「助けて… さあ、あなたが私を断ち切るのです… そうすれば、解放される…」

恐ろしい現象が次々と頭の中に浮かぶ。
彼女が求めているのは、彼女の存在を消し去ることなのか。
果たして明はその選択をするべきなのか。
心の葛藤が彼の中で渦巻く。

「断ち切るとは、どういう意味だ!?」号泣しながら叫ぶと、女性の影は少し遠ざかった。
「私を忘れ、記憶を消して…それがあなたの助けになるの。」

明はついに理解した。
ここでこの女性を助けることは、彼が知っている全てを捨てるということなのだ。
それには恐れがあり、同時に不気味な決意も生まれた。
彼は最後の決断を下す時が来た。

「いいだろう、私は君を忘れる!」と宣言すると、雪の激しさが一層増し、視界が白一色になり、彼の意識が薄れる。
すべてを感じることができなくなり、明は静寂の中に消えていった。

翌朝、友人たちが明を呼ぶ声が響くが、彼の姿はどこにもなかった。
その雪の中に秘められた恐ろしい呪いと共に、明はいつしか誰かの記憶の中からも消えていくのだった。

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