彼は東京の片隅にある古びたアパートに住んでいた。
名前は健二。
日常に疲れ果てた彼は、夜になると一人で静かな部屋に閉じこもり、過去の出来事に思いを巡らせていた。
ある晩、いつものようにベッドに倒れ込むと、不意に隣の部屋からか細い呻き声が聞こえてきた。
気になる気持ちを抑えきれず、健二は立ち上がり、音の正体を確かめるために隣の部屋のドアをノックした。
しかし、返事はなかった。
何かが彼の心に引っかかり、健二はそのままドアを開けることにした。
隣の部屋は薄暗く、埃が舞っていた。
そこには誰もいなかったが、床には赤い染みが広がっており、何かがあった痕跡が明らかだった。
彼は恐怖を感じながらも、部屋を調べることにした。
そこに残されていたのは、少し古い日記だった。
表紙には「奈緒」と書かれていた。
健二は日記をめくると、奈緒という人物が過去に感じていた恐怖や苦悩が連なっていた。
彼女はいつも不安に苛まれ、毎晩何かに追われていたと書き綴られていた。
そして日記の終わりの方には、何か恐ろしい出来事が起きた形跡があった。
「血の雨が降る」と、彼女は慌てたように繰り返していた。
不気味な感覚に背筋が凍る思いをしながらも、彼はその日記のことを完全には忘れられなかった。
翌日、健二は仕事を終えた後もそのことが頭から離れず、無意識に奈緒の部屋を見上げてしまった。
その瞬間、彼の頬に冷たい風が吹き抜け、思わずドアを開けてしまった。
部屋の中は、違和感で満ちていた。
ふと目に入ったのは、壁に描かれた血のような赤い痕。
彼はその衝撃に圧倒された。
急に心臓がバクバクと音を立て始め、何かに捕まったような恐怖を感じた。
そして、彼の目の前で、壁の血が奇妙に流れ出し、床にたまっていくのを見た。
動けなくなってしまった健二は、恐ろしい想像力が彼を責め立てるのを感じた。
奈緒に何が起こったのか、彼女はどこに消えてしまったのか。
血の中から、無意識に何かを呼び起こそうとする力を感じた。
思わず叫び声を上げた瞬間、彼は何かに引き戻されるような感覚に襲われた。
そして、次の瞬間、血がひときわ盛り上がり、健二は目に見えない力に引き込まれるように倒れ込んだ。
視界が黒に変わり、気がつけば彼は奈緒の部屋の中に立っていた。
目の前には、彼女の姿が現れていた。
目は虚ろで、まるで空のような深淵を見つめている。
「私を解放して…」その声は、まるで血の雨のように彼の心の中に響いた。
健二は逃げようとしたが、彼女の存在から逃れることはできなかった。
彼女は何かから逃げ続け、ついに自らを崩壊させてしまったのだ。
そのとき、血の流れが彼を取り囲み、健二の目の前で「らんらん」と繰り返し言う声が響いた。
彼はもはや逃げられない。
奈緒の苦痛の中にいる自分を実感しながら、彼は完全に彼女に飲み込まれていった。
崩れゆく現実の中、彼はただ沈みこんでいくしかなかった。
その後、アパートには誰も住まなくなった。
健二と奈緒の姿は消え去り、血の痕だけが静かに残されていた。
二つの心が交わる場所は、終わりのない闇に包まれていた。
