深夜の街、一軒の古い喫茶店がひっそりと佇んでいた。
その店名は「鉄の城」。
だが、その名の通り、重厚な鉄製の扉と、内装には錆びた鉄が使われており、どこか閉鎖的な雰囲気を醸し出していた。
この店には、奇妙な噂があった。
来店した客が一人また一人、音もなく姿を消してしまうという話だ。
主人の佐藤は、静かで落ち着いた中年の男だったが、何かを隠しているような目をしていた。
彼はいつも薄暗い照明の下で椅子に座り、無言でコーヒーを淹れていた。
常連客である河村は、毎晩のようにこの店に足を運んでいたが、最近の異変には気づいていた。
ある晩、いつも通り喫茶店に入った河村は、店の隅に置かれた巨大な鉄の彫刻に目を奪われた。
その彫刻は、不気味な形をしており、まるで生きているかのように見えた。
河村の心に芽生えていた恐怖を打ち消すかのように、彼は店内の静けさを楽しもうと、コーヒーを注文した。
「その彫刻、何か意味があるのか?」と河村は佐藤に尋ねた。
佐藤は無表情で、「ただの装飾だ」とだけ答えた。
河村は不安を覚えながらも、その場を離れた。
しかし、他の客の顔を見て驚愕した。
彼らもまた、恐ろしい表情を浮かべ、視線を彫刻に向けているのだ。
その瞬間、河村の視界が暗くなり、ふと気がつくと、店内の音が消え、静寂が広がった。
彼は立ち上がり、「どうしたのですか?」と問うたが、誰も返事をしない。
代わりに、彫刻がじわじわと動き出し、鉄の素材から吐き出すような低い唸り声が響いた。
それは、まるで何かがそこから解き放たれるかのような不気味な音だった。
恐ろしくて逃げ出そうとした瞬間、河村はその場から動けなくなった。
目を見開いた彼の前に現れたのは、彫刻から生まれた影のような存在だった。
その影は、長い爪を持ち、彼の心の奥に潜り込んでくるような感触を与えた。
「君も、この場所の一部になったらどうか」と、影から声が響く。
河村は混乱し、このままでは自分も消えてしまうのではないかと恐れた。
しかし、彼の周囲には他の客もいたはずだ。
彼らを助けようと思ったが、肝心の彼らがどこにいるのかも分からなかった。
彫刻の影は、彼に向かってその鋭い爪を伸ばしていった。
「お前も吸われる者となるのだ」と響いた言葉は、彼の耳に恐怖を叩き込んできた。
河村は必死に抵抗し、目を閉じた。
意識が薄れ、存在感が徐々に消えゆく。
目を再び開くと、彼は喫茶店の外に立っていた。
全てが夢だったのかと愕然とした。
しかし、次の朝、テレビのニュースが彼をさらに不安にさせた。
「『鉄の城』の喫茶店で行方不明者続出」という見出しが踊る。
河村は、消えたはずの客たちの名前を見て驚愕した。
それは、ほかでもない、彼自身の友人たちの名前だった。
彼はすぐに喫茶店へと戻ったが、そこには鉄の扉が閉ざされ、内部の様子はまるで荒れ果てた家のようになっていた。
誰もいない静まり返った空間に恐怖が駆り立てられ、彼は再び流れ込んできた不安に飲み込まれそうになった。
この不気味な場所には、どうやら彼一人ではなく、かつて消えていった者たちの影が共に潜んでいるのだ。
そして、河村はその一員になってしまった。
「帰れ…」と声が頭の中で反響する。
河村は逃げられるのであろうか? それとも、永遠にこの鉄の城に囚われる運命なのだろうか。
鐵の影は今も静かに彼を待っている。