「黒い森の囁き」

静かな山あいの村に住む佐藤裕樹は、都会の喧騒から逃れ、新しい生活を求めてこの地に移り住んだ。
彼はドライブ好きで、週末には愛車で美しい景色を求めて走り回るのが楽しみだった。
しかし、村の人々は裕樹に警告を発していた。

「その山には近づくな」と。
村に伝わる古い言い伝えがあった。
それは、山の奥深くにたたずむ「黒い森」と呼ばれる場所で、そこに足を踏み入れた者は決して戻って来ないというものであった。
興味本位で近づくには、あまりにも不気味な話であったが、裕樹は好奇心に駆られ、どうしてもその場所を見たくなってしまった。

ある夜、裕樹は決心をして車を走らせた。
村の人々からの警告が頭の中で響くが、月明かりに照らされた道を進むうちに、彼の胸は高鳴り、期待感でいっぱいになった。
暗闇の中、ふと目にした「黒い森」の入り口は、濃密な闇と静寂に包まれていた。
その一歩を踏み込む勇気が、裕樹の心の中で葛藤を生んだ。

次第に森の奥へ進むにつれ、周囲の空気がひんやりと冷たくなり、異様な静けさが彼を包み込んだ。
森の中には生気が感じられず、ただ陰気な雰囲気が漂い続ける。
そして、彼は突然、背後に気配を感じた。
振り返ると、誰もいない。
恐怖が徐々に押し寄せてくる。

裕樹はそのまま進もうとしたが、突如として目の前の木々がざわめき始めた。
さまざまな影がチラチラと動く。
そして、誰かが彼に向かって微笑んでいる気配を感じた。
それは、暗闇に潜む何者かだった。

「行かない方がいい」と囁くように、どこからともなく微かな声が聞こえてきた。
裕樹は心臓が速くなるのを感じ、急いでその場を離れようとしたが、足がすくんで動けなかった。
しかし、新たな恐怖がその心に芽生えた。
それは、この森には彼自身の「不安」が具現化しているということだった。

彼は悪夢のような情景を必死に振り払おうとしたが、森の奥から再び「不′」と言わんばかりの低い声が響く。
その瞬間、裕樹は意識が遠のくような錯覚に陥り、約束された運命を信じがたく思った。
何か別の存在がその場にいるのだ、と。

裕樹は思わずその場を逃げ出す。
背後からの囁きがどんどん強くなり、彼の名前を呼ばれている気がした。
「裕樹、逃げられないよ。新たな物語が待っている」と。
彼はごまかしようのない恐怖に飲み込まれ、ただひたすら逃げ続けた。

ようやく森を抜けると、彼は目の前の光明を見た。
それは村の灯りだった。
しかし、その光の中には、裕樹の知っている村の人々の姿はなかった。
どこを探しても、彼は自分の知る人々が誰一人として見当たらないことに気がつく。
村は静まり返り、彼は孤独であることを痛感した。

いったい何が起こったのか、裕樹は理解できなかった。
ただ、心の奥底には不安が渦巻いている。
彼は数日後、悩み苦しみながら村の人々を探し続けるが、すでに誰もがその村を忘れ、黒い森に飲み込まれたことを自覚する。

彼を待つ新しい物語が始まる。
何事もなかったかのように、彼は今度こそその森に近づいていく。
そして、裕樹にはもう戻る場所はない。
彼の心の中に潜む「不安」が、永遠の惨劇を呼び起こしていた。

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