「囚われし電信柱の影」

夏のある晩、友人たちと肝試しに出かけることになった。
舞台は、静かな田舎の電信柱の並ぶ道。
地方では誰も通らないこの道は、夜になると周囲の景色が一変する。
周りの農家の灯りが消え、ただただ静寂が支配する。
そこには、数十年前から噂される「電信柱の怪」があった。

田中と佐藤、二人の高校生は、仲間とともにその噂を確かめるためにやってきた。
彼らの近くに立つ大きな電信柱、これがその伝説の始まりであった。
地元の人たちは、電信柱の近くで不可解な現象が起きると言っていた。
それを聞いた田中は、興味本位でその場所に足を運ぶことを決めた。

「ねえ、あの電信柱の周りに真っ直ぐな道ができてるみたいだけど、なんかおかしくない?」佐藤が言った。

「ほんとだ。あんなに急に道ができることなんてあるのかな?」田中は周囲を見回した。
まるで道の先が吸い込まれていくように見える。

仲間たちが笑っている中、田中は一人、電信柱の近くまで歩み寄った。
彼は感覚的に、何かこの場所を支配する「何か」があるように感じていた。
電信柱の近くに立つと、急に風が吹き始め、まるで神経を尖らせるかのような不気味さが漂う。
周囲にいる仲間たちが騒ぐ声が、次第に遠くなっていく気がした。

「田中、そこから戻って来いよ!」佐藤が心配そうに叫んだ。
だが、田中はその声がまるで夢の中の声のように感じられた。
視界の隅に何かが動いた気がした。
目を凝らして電信柱を見上げると、そこに何か不気味な影が見えた。
まるで人間の形をした何かが、ゆらゆらと電信柱に絡まっているようだった。

田中は背筋が凍り、身体が固まる。
気づくと、周囲が異様に静まり返っており、風の音さえも消えていた。
不安と恐怖が同時に押し寄せる。
すると、突然、電信柱から「る」という声が聞こえてきた。
「田中、来て、来い。」彼はその声が自分を引き寄せるように感じて、足が動かなくなってしまった。

「田中、何を見ているの!」仲間の声が遠くなる中、彼は徐々に自分の意識が薄れていくのを感じた。
それでもその場から動けず、足を固定されたように思えた。
次第にその「何か」は電信柱を登り、田中の目の前で現れた。

それがゆっくりと近づいてくるにつれ、田中は自分の背後に立つ友人たちの姿がぼやけているのに気づいた。
彼らは自分を心配していると思ったが、その声はまるで夢の中のように薄れ、まったく届かない。

「お前の理想、全てを受け入れてくれる…」その影が囁く。
田中はその言葉の意味を理解しようとしたが、恐怖感だけが広がっていく。
心の奥深くで「逃げなければ」と思うが、身体が動かない。

すると、背後で突然、佐藤の悲鳴が響く。
「田中!助けて、何かが来る!」その瞬間、田中の意識が一瞬戻った。
もしかしたら、未だ影は彼には接触していないのかもしれない。
だが、再びその意識が薄れ、全てが重く感じられる。

次に気づくと、周囲は再び静寂に包まれていた。
自分以外の仲間たちが見当たらない。
田中は必死に脱出を試みるが、その影は依然として自分の意識を奪い、心を支配してきた。
「この電信柱に囚われるのはお前だけじゃない…」彼の心にその声が響き、仲間たちを思い出させた。

だが、何も解決しなかった。
光が見えず、思考が混乱し、最後には「る」の声に導かれてしまった。
彼は、噂が真実だったことを理解した瞬間、何もかもが消えていった。
電信柱の周りには、風が静まりかえり、再び夜の静寂が戻った。

仲間たちの姿も消え、ただ孤独な影だけが、静かに立っていた。

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