「停滞する山影」

彼は名を健二といった。
彼が住む町は、静かな田舎であったが、その静けさの裏には、忘れ去られた過去が眠っていると囁かれていた。
ある日の午後、健二は友人たちと一緒に山へハイキングに出かけることにした。
彼らは山の奥へ向かい、自然の美しさを楽しみながら、子供の頃の思い出を語り合った。
しかし、その日、彼らは決して忘れられない体験をすることになる。

山の深いところに進むと、突然、空が暗くなり始めた。
直感的に何かがおかしいと感じた健二は、友人たちに先を急ぐよう提案した。
しかし、友人たちは楽しさに夢中で聞く耳を持たなかった。
彼らは軽快に笑いながら、さらに奥へと歩を進めていった。

ふと、周囲が静まり返っていることに気づいた健二。
しかし、友人たちはその静寂を気にも留めずに声を張り上げていた。
不安が心の奥で膨らんでいくのを感じ、彼は再び声を上げた。
「ちょっと待ってくれ、静かにしようよ。何か変だ……」

その瞬間、友人たちの笑い声がぴたりと止まった。
まるで彼の言葉に呼応するかのように。
周囲は静寂に包まれ、耳を澄ませても何も聞こえなかった。
健二は心臓の鼓動が速くなるのを感じた。
友人たちも周囲の異変に気づいたようだったが、彼らの表情は無表情に変わった。

それから、ふいに彼の視界の端に何かが動いたのを見た。
木々の間から覗くそれは、まるで誰かがこちらを見守っているかのように思えた。
恐る恐る健二はその方向に視線を向けたが、そこには何もなかった。
周囲の空気が一層冷たく感じられ、心の中の不安が増していく。

「みんな、戻らないといけない!」健二は叫んだ。
しかし、友人たちは彼の言葉を無視し、無表情のままその場に留まり続けた。
彼は叫ぶことしか考えられず、さらに言葉を投げかけた。
「本当におかしいから、戻れって!自分たちがどうなっているか考えろ!」

その瞬間、友人たちの身体がギシッと音を立て、彼に背を向けた。
彼らの目は虚ろで、まるで肉体が存在していても、そこに魂はないかのようだった。
恐怖に駆られた健二は、一人で山を下りることに決めた。

山を駆け降りる中、彼の心に芽生えたのは後悔だった。
友人たちを置いていくことで、この異常な現象が彼に何をもたらすのか、想像もしなかった。
彼自身もまた、彼らのように停滞した時間の中に囚われてしまうのではないかと不安が募る。

その時、途中の小道に立ち止まった健二は、身体のどこかが止まっている感覚を覚えた。
身体は進んでいるのに、心だけが立ち尽くしているかのように感じる。
まるで彼自身もまた、再び過去に戻ってしまうアクセスポイントに立たされているのだ。

「頼む、戻ってくれ!」彼は再度、友人たちの元に戻ることを決意した。
その瞬間、目の前に現れたのは、かつての自分自身だった。
子供時代の自分が、山の奥で楽しそうに遊んでいる姿があった。
彼はその光景を見つめながら、自分の心の奥に秘めた懐かしさと、重たい過去の思い出が渦巻くのを感じた。

「もう一度、戻りたい……」その願望が彼の中で強くなった瞬間、奇妙な感覚が彼を襲った。
すべての記憶が彼の脳裏を駆け巡り、そして、時が停まったかのように彼の心は凍りついた。

彼は再び友人たちの元に戻ることになったが、彼らはただの影に過ぎなかった。
彼が友人たちの姿に再会できたとしても、その中にはもう、彼らの生きた思い出は宿っていなかったのだ。
彼の身体は動けど、心はどこかで停まってしまっていた。

健二はこのままではいけないと強く思った。
果たして何が彼を悩ませ、何が彼を再び動かすのか。
彼は自らの選択に、最後の決意を込めるのだった。

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