静かな漁村、浜辺に佇む小さな家からは、波の音が心地よく聞こえた。
しかし、その村には長い間語り継がれている不気味な伝説があった。
この村に住む漁師たちは、決して夜釣りに出かけてはいけないと口々に言い合っていた。
なぜなら、深い海の底には、長い間行方不明となった漁師たちの魂が漂っているからだという。
村の若者、健二は漁師の家系に生まれ育ったが、そんな話を信じてはいなかった。
彼は海に魅了され、いつか誰よりも多くの魚を獲る漁師になることを夢見ていた。
ある晩、村人たちが寝静まったころ、健二は月明かりに照らされた海を見つめながら、釣り竿を持って浜辺に出た。
準備を整え、暗い海に向かって釣り糸を垂らした。
静寂の中、時折波の音が響くだけだった。
しかし、次第に海の様子が変わり始めた。
水面がざわめき、何かが健二の釣り糸にかかる感触がした。
急いで竿を引くと、重い感触とともに、見慣れない漁具が上がってきた。
それは、古びた網で、長らく放置されていた様子だった。
健二はそれを見て興奮し、さらに釣りを続けた。
だが、釣りをするにつれて、何かが彼を見つめているような感覚に襲われた。
振り返っても誰もいないが、背筋が寒くなる。
気のせいだと思い直し、釣りに集中しようとしたその瞬間、何かが足元をすり抜けていく音がした。
彼は驚いて振り返るが、そこにはただの暗闇が広がっている。
心を落ち着けようとしたが、まるで誰かに見られている気配を感じ、急激に不安が募った。
そんなとき、ふと砂浜に目をやると、円形に並べられた小さな石が目に入った。
それはまるで、自分を待っているかのように整然と並べられていた。
気になった健二は近づいてみたが、石の中心には淡く光るものが埋まっていた。
それは、何かの人形のように見えた。
一瞬ひるんだが、どうしてもそれが気になり、手を伸ばしてみることにした。
指先が触れた瞬間、眩い光が彼の視界を照らし、彼は驚きの声をあげた。
その光景の中、健二の頭の中に誰かの声が響いた。
「助けて…ここから出して…」それは子供のようにか細い声だった。
彼は恐怖で動けなくなり、足がすくんでしまった。
その瞬間、海が凪ぎに静まり、周囲が異常な静けさに包まれた。
健二は、自分の後ろに何かが近づいてくるのを感じた。
振り向くと、そこには漁網に絡まった影が、ゆっくりと彼に向かって迫ってきた。
その影は、不気味なほど人間の形をしていたが、その顔は水に濡れた魚のように歪んでいた。
驚きと恐怖で身動きが取れず、彼はただその場に立ち尽くした。
「助けて…助けて…」その声はますます大きくなり、影の姿がますます近づいてくる。
健二は必死に逃げようとしたが、その体はまるで麻痺したかのように動かない。
影は彼の目の前に立ちはだかり、その目からは恐ろしい異様な光を放っていた。
「お前も、私たちと同じように trapped(罠にかけられた)になるつもりか…?」影はそう呟き、手を伸ばしてきた。
恐怖に駆られた健二は、何とかその場を離れようと体を振りほどいた。
自分の声すらも抑え込み、全力で浜辺を駆け続けた。
走りに走り、ようやく村にたどり着いたとき、振り返るとそこにはもう何もなかった。
しかし、彼の心には消えない恐怖が生々しく残った。
夜ごとに夢の中で語りかける、その漁師の子供の声。
それは彼に何を伝えようとしていたのか、そして彼自身がその運命を受け入れることになるのか。
漁師たちの言葉が、今や彼の頭を離れない。
「決して夜に海に近づいてはいけない。」健二はその教訓を深く心に刻み、もう二度と海に背を向けることができなくなった。