原の静かな村に、鬼の伝説が語り継がれていた。
その鬼は、古い神社の近くに棲みつき、村人たちの間では恐れられ、同時に神聖視される存在であった。
鬼といえば、血に飢えた悪霊のように思われがちだが、この鬼は村人たちに警告をもたらす存在だった。
刺すような冷たい風が吹く夜、彼らの夢の中に現れ、注意すべきことを教えてくれるのだ。
しかし、その警告を無視した者には、鬼の怒りが降りかかる。
ある晩、村の若者である大輔は、友人と共に神社の近くで遊んでいた。
彼らは鬼の伝説を笑い話にし、怖がりながらもその場を楽しんでいた。
しかし、気を抜いた瞬間、恐ろしい大風が吹き荒れ、神社の鈴が鳴り響く。
その音に合わせて、大輔は不安を覚えたが、友人たちは平気な顔をしていた。
「ほらほら、何も起こらないって！」と、一人が笑いながら言った。
大輔はその言葉に力をもらい、敢えて無視を決め込むことにした。
しかし、彼の心には、鬼の警告がいつも残っていた。
夜が深まるに連れて、村は静まり返り、彼らだけが神社の前に残されていた。
そのとき、空が急に暗くなり、月の光が隠れてしまった。
大輔は鳥肌が立つのを感じ、友人たちの様子を伺った。
皆が何かを感じ取ったのか、沈黙が流れる。
恐怖が胸を締め付ける。
その瞬間、大輔は夢の中で見た鬼の姿を思い出した。
鬼は白い肌に赤い目を持ち、長い爪を持つ姿で現れる。
彼の目は恨みと悲しみに満ちていて、村人たちが忘れ去った過去を訴えているかのようだった。
夢の中で、鬼はこう言った。
「目を覚ませ。お前たちには、忘れてはいけないものがある。」
その言葉が頭をざわめかせた。
大輔は急に不安になり、周囲を見渡すと、友人たちが恐れおののいているのがわかった。
彼らは何かを感じ取っているかのようだった。
「鬼が来たかもしれない」と、誰かが囁いた。
瞬間、強い風が吹き、神社の鈴が激しく鳴り響く。
大輔は鬼の言葉を思い出し、自らの行動を振り返る。
「我々は、本当に忘れてはいけないものを忘れてしまったのだろうか？」彼はその場を逃げ出す気力を失っていた。
心に台風のような波が押し寄せる。
そのとき、鬼の姿が彼の目の前に現れた。
鬼は静かに語り始める。
「お前たちは、私の警告を無視した。この村には、私たちの過去と繋がる力がある。その記憶を忘れ去ることは、己の存在を消すことに繋がる。」大輔はその言葉に思わず背筋が凍った。
鬼は語り続ける。
「私が村を守ってきたが、皆が記憶を失うことは許されないのだ。目を覚ませ、そして我々の歴史を知れ。」
その瞬間、木々の間から現れた精霊たちが、光を放ちながら現れた。
鬼が守るこの場所には、忘れ去られた記憶の断片が潜んでいる。
そしてその記憶は、村を形成する骨組みでもあった。
大輔は目の前で繰り広げられる光景に驚き、身体が震えて止まらなかった。
「私たちの記憶を知り、感じ、そして生きていくことが大切なのだ。それをお前たちが知ることで、私の存在も新たに認識されることとなる。」鬼の声は段々と柔らかくなり、大輔の心に響いた。
彼は友人たちを振り返り、皆が同じように感情を高ぶらせているのがわかった。
鬼の警告は、ただ恐怖だけではなく、村人たちに思い出を取り戻すための呼びかけだった。
大輔はその瞬間、過去の記憶を大切にし、彼らの存在を受け入れる決意をした。
鬼の姿は徐々に薄くなり、風が収まり始めた。
大輔たちは、鬼の教えを胸に、村の歴史と向き合う未来を歩み出すことになった。
忘却の中に埋もれていた物語を再び目覚めさせるために。
それは、彼ら自身の覚醒でもあった。
鬼の存在がただの恐れではなく、記憶の重要性を教えるためであったことを、彼は心に刻んだ。
