薄暗い廊下を歩く音が響いていた。
尚人は、久しぶりに実家に帰ってきたばかりだ。
両親は旅行へ出かけていて、彼一人だけが留守番をすることになった。
幼少期を過ごしたこの家には、懐かしい思い出が詰まっている。
しかしその一方で、彼にはこの家にまつわる忘れたい記憶があった。
夕日が沈みかけ、薄暗くなり始めた頃、尚人はリビングで昔のアルバムを見返すことにした。
笑顔の家族の写真や、友人たちとの思い出が詰まっていたが、一枚だけ、異様な雰囲気を持つ写真があった。
それは、尚人が小学生の頃、遠足で行った山の中にある古い神社の前で撮ったものだ。
その神社の周囲は、いつもひんやりとした空気で覆われており、子供たちの遊び場としてはあまり歓迎される場所ではなかった。
その日のことは、今でも鮮明に覚えていた。
友人たちと神社のからくり屋敷のような部分を探検していたところ、不意に彼が一人、誤って裏の道に迷い込んでしまった。
そこで感じた恐怖は今でも忘れられない。
彼は誰もいない暗い道で、背後に視線を感じ、その瞬間、何かが自分の名を呼んでいることに気がついたのだ。
「尚人…」
低く、かすれた声だった。
心臓が高鳴った。
振り返ったときには、ただの風だと思い込もうとしたが、背筋を凍らせるような冷たい感覚が残り、急いで仲間のもとに戻った。
その後、その場所には二度と足を運ぶことはなかった。
アルバムを閉じ、何かの気配を感じて部屋を見渡す。
すると、突然、部屋の明かりが消えた。
まさか停電かと思ったが、真っ暗な中に微かに光るものが目に入った。
それは、部屋の隅にあったまるで光を吸い取っているかのような影のように見えた。
驚く気持ちを抑えて、彼はその影に近づこうとした。
しかし、その瞬間、急に背後から何かがささやいた。
「尚人…戻ってきたのね。」
その声はあの時の声。
心臓が縮み上がるようだった。
思わず振り返ると、誰もいない。
恐怖で身体が硬直し、ただしばらくそこに立ち尽くすしかなかった。
どうにかしてその場を離れようと思ったが、足が思うように動かない。
薄暗い廊下に目を向けると、何かが影の中から動いているように見えた。
目を凝らすと、それは家の中で唯一、尚人に向けて手招きをしているようだった。
彼は恐怖と好奇心の間で揺らぎながら、その影に引き寄せられるように前に進んだ。
影が窓の明かりに包まれた瞬間、彼はその姿を見た。
それは、彼の小学生の頃の自分だった。
血の気のない顔、どこか冷たくて薄い声で彼は言った。
「ここにいるんだよ。ずっと…」
言葉が詰まり、尚人は恐ろしい感情に襲われる。
実際に過去の記憶がここに、そして自分の身近に迫ることに、彼は理解できない感情を抱えたまま立ち尽くした。
彼は、何かが起きる前に逃げ出さなければならないと直感したが、動くことができなかった。
再び影が近づいてきて、尚人は思わず目を閉じた。
次の瞬間には、身体が揺れ、全てが別世界に引き込まれるような感覚に襲われた。
姿が徐々にぼやけていき、薄暗い廊下は次第に遠のいていく。
目を開けると、そこはあの神社の裏道だった。
周囲は暗く、微かに風の音が響いていた。
恐る恐る振り返ると、今にも彼に手招きするかのように、神社の影が彼を見つめていた。
尚人は再び、あの日の恐怖が甦ってきた。
「もう帰ることはできないのか…」
その場に立ち尽くす尚人は、心の底に秘められた恐怖が再び彼を襲うことを知っていた。
彼の選択肢はただ一つ、暗闇に飲み込まれないよう振り返ることだけだった。
何もかもが、あの時と同じように繰り返される運命なのかもしれない。