「迷いの小路」

古い集落が広がる山間の道を、行は一人歩いていた。
彼の心には不安と期待が入り混じっていた。
噂によれば、この道の先には一度足を踏み入れた者が二度と戻れない「迷いの小路」が存在すると言われていたのだ。

行は子供の頃から、世間で語られる様々な噂話に興味を持っていた。
特に、不可思議な現象や心霊現象は彼を引きつけてやまなかった。
道の向こうには、伝説の「迷いの小路」があるという。
何度もその話を耳にしてきた行は、果たしてその真実を確かめようと決心したのである。

山の風は冷たく、木々がささやく音が耳に心地よかった。
しかし、道の先に近づくにつれて、その雰囲気は徐々に変わっていった。
朽ちた標識や、枯れ枝が散らばる中、彼は迷うことなく前へと進む。
まるでその道が彼を迎え入れるかのように感じたのだ。

ふと、行は立ち止まった。
周囲が静まり返り、体を包む寒気が不安を呼び起こした。
心の中の不安と期待が同時に膨れ上がり、彼は思わず声を上げていた。
「誰かいるのか?」しかし、彼の声は虚しく空に響き渡るだけだった。

進むにつれて、風の音が増し、まるで何かの声のように聞こえてくる。
その声は、彼に改めて警告を発しているようであり、遠くから何かが彼を見つめているのではないかと感じさせた。
無意識に足を止め、彼は自分に言い聞かせる。
「帰れ。こんなところには来るべきじゃない」と。

しかし、行の心に潜む好奇心は、彼を離さなかった。
「迷いの小路」を探し求める気持ちは、ますます強くなっていった。
彼は再び歩き出す。
しばらく進むと、道の両側に不気味に歪んだ木々が立ち並ぶ様子が目に入った。
まるで彼を見下ろすようにしているかのようだ。

その時、彼の目の前に突然、薄暗い影が現れた。
黒い衣をまとった男だった。
行は驚き、一歩後ずさりする。
男は無表情で、ただじっと彼を見つめている。
行は、その男が何かを伝えようとしているのかもしれないと感じたが、恐怖で言葉が出なかった。

「探しているのか?」男の声は低く、曇った響きを持っていた。
「迷いの小路をな。」言葉が重くのしかかり、その先の道がどこへ向かうのか、知っているような気がした。
行は思わず息を呑む。
この男が、彼の探し求めていた者なのだろうか。

「行きたいのか?」と、男はさらに言った。
「この世の裏側へ。そこで待つ者がいる。だが、決して戻れないことを理解しているか?」その言葉に行は心が揺らいだ。
迷いの小路に入った者は二度と戻れないという噂は本当なのだ。
彼は一瞬動きがとれず、立ち尽くしていた。

「私は…」ようやく言葉を発したが、思いが言葉にならない。
好奇心と恐怖が彼の心の中で激しくぶつかり合っていた。

男は静かに頷き、「選ぶがよい。道を進むも、戻るも、全てはお前次第だ」と言った。
行は目を閉じ、自分の心に問いかける。
このまま戻れば、また普通の日常に戻ることができる。
しかし、今しか知ることのできない真実がそこには待っているのだ。

意を決した行は、目を開けて男に向かって言った。
「探します。私の知らない世界を、見てみたいんです。」

男は微笑み、両手を広げた。
「では、お前の選択を受け入れよう。」

行はその瞬間、視界がぼやけ、全てが暗闇に包まれた。
目を開けた時、彼はもう一度自分の足元を見つめた。
そこには、かつての道はなく、未知の世界が広がっていた。
行は道を進み続ける。
彼が探し求めた「迷いの小路」は、もはや「世」の外に存在していたのだ。

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