「水面に映る者」

園の奥深くに存在する小さな池。
その池は、長い間人々から遠ざけられ、忘れられた存在となっていた。
この池には、昔から「目を合わせるな」という言い伝えがあった。
その理由は、池の水面に映る影が、ただの水面に浮かぶものではなく、別の存在を映し出すからだった。

ある夏の夜、友人たちと肝試しに訪れた私たちは、その池を見つけた。
月明かりに照らされた水面は、まるで甘美な誘いのようだった。
誰かが「面白そうだから、みんなで見てみよう」と言い出し、私たちは意を決して池のそばに近づいた。

誰も池の水面を直接見ることはしなかったが、何かが私たちを引き寄せているように感じた。
ひとりの友人が顔を近づけ、影が動くのを見た。
その瞬間、彼は驚きの声を上げた。
「なんだ、あれは!」

私たちは一瞬にしてその場の空気が凍りついたのを感じた。
池の水面には、従来の自分たちの姿が映っているのではなく、異なる風景が広がっていた。
それは、古い木々に囲まれた庭のようだった。
だが、その空間には異様な静けさが漂っていた。
まるで、時間が止まっているかのように。

その庭の中心には、一人の女性が立っていた。
彼女は白い衣服をまとい、長い黒髪を月明かりに映していた。
私たちが気づかなかっただけで、彼女がずっと私たちを見つめているようだった。
その視線が私たちの心をざわつかせた。
なぜか、彼女の存在を感じるたびに身震いしてしまった。

友人の一人が、「その人、目を合わせるなって言ってたじゃないか!」と叫んだ。
しかし、恐怖を感じつつも、その女性に引き寄せられる感覚が私たちを支配していた。
そして、その女性は微笑みを浮かべると、ゆっくりと指を伸ばして池の水面を撫でた。

その瞬間、池の水面が波打ち、異なる映像が現れた。
それは、かつてこの場所で生活していた人々の姿だった。
彼らは楽しそうに笑い合い、そして、穏やかな日常を送っていた。
しかし、次第にその表情が変わり、彼らは池に引き込まれていくかのように見えた。

私たちは言葉を失った。
かつての住人たちが、そこの池に飲み込まれ、消えてしまったということが、理解できたからだ。
恐怖心が急速に膨らみ、逃げなければと考えた。
だが、私の足は動かなかった。

友人の一人が転び、その音にハッと我に帰った。
私たちはその場から逃げ出そうと必死で走り出した。
振り返るたび、池の水面はいつの間にか動き、あの女性の姿がぼんやりと映し出されているようだった。
彼女は微笑んでいたが、その微笑みはどこか不気味で、私たちに何かを訴えているようにも思えた。

やがて、息を切らしながら園の外に出た私たち。
しばらくその恐怖から逃れることができたかと思いきや、心の底に深い影が残った。
それ以降、私たちはその池には近づかないと誓い合ったが、時折夢の中にあの女性が現れるようになった。
その夢の中では、彼女は私たちに何かを伝えたそうに微笑んでいたが、決して目を合わせることはできなかった。

それから数年が経った今でも、私たちはあの恐ろしい夜を忘れることができない。
池のことを話すたび、みんなの心が重くなる。
かつての住人たちが、今もあの池の水面に佇んでいるのかもしれない。
彼らもまた、私たちと同じ思いを抱えているのだろうか。
そして、あの女性の微笑みは、私たちに何を訴えようとしていたのか。

園は静まり返り、今も誰も近づくことはない。
その池は、いつの間にか記憶の中で静かに眠り続けている。

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