「月明かりの影」

静かな夜、太郎は自分の幼馴染である美咲と共に、何度も遊んだ近所の小さな公園に足を運んだ。
その公園は日中は穏やかでのんびりとした雰囲気だが、夜になると不気味な静けさに包まれる場所でもあった。

「覚えてる? この公園で、私たちがよく秘密基地を作ったこと。」美咲は柔らかな月明かりに照らされた公園の滑り台を指さしながら、懐かしそうに微笑んだ。
太郎は懐かしい思い出に浸りながら、彼女の言葉に頷いた。
しかし、その笑顔の裏には、二人の間に潜む不安があった。

最近、公園の近くで奇妙な現象が続いていた。
夜になると、周囲の木々から「か」という耳をつんざくような謎の声が聞こえてくるのだ。
何かがこの場所に棲みついているのかもしれない。
太郎と美咲はそのことに気付いていたが、思い出のため、そして恐怖心から逃げるようにすることなく、何度もこの公園を訪れていた。

「行こうか、あのブランコのところまで。」美咲が言った。
太郎は心の中で踏ん切りがつかなかったが、彼女の目がきらきら輝いているのを見て、勇気を出して応じた。

二人がブランコに向かって歩いていると、突然、周囲の空気が重くなった気がした。
何かが彼らの周りを不気味に包み込んでくる。
その時だ。
「か」という声が、今まで以上に大きく響いてきた。
太郎は思わず立ち止まり、かすかな恐怖心に襲われた。

「ねえ、太郎。あれ、見て!」美咲の指差す先に、暗い木々の隙間から、白い影がちらりと見えた。
二人はその影を追いかけるように近づいていくと、影はさらに奥へと消えていった。

懐かしの秘密基地があった場所、その影はその近くで、ふいに止まった。
「ここ、ここだよ。」太郎は思わず声を上げてしまった。
しかし、美咲は微笑みながら尾けて行く。
彼女の後ろ姿が、少し不気味に感じられた。

影の正体を確かめるため、二人は木々をくぐりぬけて行く。
スペースが開けて行くつれ、周囲が一層暗くなり、二人の心臓は高鳴りを抑えられなかった。
影はどんどん遠くなり、すぐに消えてしまいそうだった。

その瞬間、突然周りが静まり返り、周囲に緊張が走った。
「か」と再び声が響き、その声は美咲の名前を呼んでいるように聞こえた。
「美咲、もう帰ろう。」太郎は思わず美咲の腕を掴み、引き寄せようとした。

「大丈夫、太郎。私は行ける。」美咲は笑顔で言った。
その笑みはどこか無邪気に見えたが、一方でまるで彼女自身ではない別の存在がいるように思えた。

二人の目の前にあったのは、かつて二人が遊んだ場所だったが、その様子は一変していた。
ブランコや滑り台は朽ち果て、薄暗い影が立ち込める異世界のようだった。

「ここは……。」太郎が目をこらし、現実に引き戻されようとしたとき、突然、美咲の姿は消え失せた。
「美咲!」叫び声をあげた瞬間、周囲に漂う「か」という声が強まっていく。

太郎は怯えながらも、美咲を呼び続けた。
しかし彼女の声は聞こえぬまま、無音の世界に引き込まれていく。
さらにその声が近づくと、周囲が急に動き出し、暗い影が彼自身を包み込んできた。

太郎はその影から逃れようと必死にもがくが、足が動かず、微動だにできなかった。
「美咲、どこにいるんだ!」彼の悲痛な叫びが、この不気味な夜の静寂を破る。

それから長い間、太郎はその園に捕らわれたまま、ただ静寂が続いているだけだった。
彼の心には美咲の姿が残っていたが、現実と幻想の狭間で何が起きているのか、彼には理解できなかった。
ただ、過去の思い出が、彼をこの場所に結びつける鎖になっていると感じるばかりだった。
彼はこの園の精霊となり、美咲を忘れずに、永遠にその場所で動き続ける運命に繋がれてしまったのだ。

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