「闇を映す蛇」

静かな夜道を、一人の若い女性、田中結衣(たなか ゆい)が歩いていた。
彼女は仕事帰りに会社からの帰路を急いでいたが、いつも通る道には、妙な静けさが漂っていた。
昼間は賑わうことで知られるこの道も、暗くなると怪しげな雰囲気が満ちる。

その夜、結衣はふとした拍子に足を止めた。
周囲が静まり返り、風の音すら感じられない。
その瞬間、彼女の目の前に一匹の巨大な蛇が現れた。
黒光りするその体は、月明かりに照らされて不気味に輝いている。
驚愕して後ずさりする結衣の心に、恐怖が一気に広がった。

蛇はじっと彼女を見つめ、その無数の鱗がゆっくりとさざめくように動いた。
結衣は、逃げようとしたが、目が合った瞬間に体が凍りついた。
蛇は、彼女を飲み込むように近づいてくる。
彼女は、その大きな目から目が離せず、恐怖に支配されてしまった。

「逃げちゃいけない」と蛇の声が彼女の耳に響いた。
結衣は、言葉にしたくても、声が出ない。
頭の中で何かが渦巻いていた。
彼女は、自分に呼びかけているその声音が、実は何か異質なものであることを感じ取っていた。

蛇はさらに近づき、結衣の足元にその長い体を巻きつける。
まるで彼女の動きを封じ込めてしまうかのようだった。
結衣は、力を振り絞って足を動かそうとしたが、身体は言うことをきかない。
彼女の心の中で、冷たくて暗い恐怖がぐるぐると渦巻いていく。

「お前の心の中にある、暴力と恐れを教えてくれ」と、蛇は再び囁いた。
結衣はその瞬間、自分の過去を思い出した。
身近にいる人を思った時、彼女にはそれなりの憎しみと暴力の感情があったのだ。
職場でのストレス、友人関係のトラブル、そして何よりも、自分自身への自己嫌悪。
それらが彼女の心に巣食い、彼女を蝕んでいた。

その時、蛇は結衣の気持ちを感じ取ったのか、彼女の頭を優しく撫でるように体をくねらせた。
「恐れと暴力の感情を抱くのは、お前が生きている証だ。しかし、その心を解放することができなければ、永遠にその苦しみから逃れられない」と囁く。

その言葉を聞いた瞬間、結衣はひとしずくの冷たい汗をかいた。
彼女は、これまで自分が抱えていた恐れや不安を一瞬で吐き出すことができるかのように思えた。
それでも、なぜかその感情は手放せない。
彼女は、蛇の存在が恐ろしいものなのか、それとも自分の心を映す鏡なのか迷い始めた。

蛇は一瞬のうちに彼女の心の中に入り込み、彼女自身の感情と向き合わせる。
結衣はその瞬間、自分の心に渦巻く暴力的な感情を意識し、泣き出しそうになった。
目を閉じると、彼女の心の中にいた暗い感情が一つずつ表に浮かび上がってきた。

彼女は、静かに呟いた。
「私はもう、暴力に支配されない。私の心の中に潜む闇は、もう怖くない。」その言葉が発せられた瞬間、蛇はふわりと彼女の体から離れ、ゆっくりと夜道の奥へと消えていった。

結衣は、心の中にあった恐怖が少しずつ消えていくのを感じた。
彼女は再び歩き出し、その後の道のりが明るく感じ始めた。
そして、彼女は自らに誓った。
二度と、心の暗闇に飲み込まれることはないと。
今までの自分を受け入れ、新たな一歩を踏み出すことを決意したのだった。

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