「記憶の鳥たち」

彼の名は佐藤健太。
毎晩、仕事帰りに近所の公園を通り抜けるのが日課だった。
秋の柔らかな夕暮れ、健太は砂利道を歩いていた。
ふと、視界の端に何かが動くのを感じた。
小道脇の木の上に何羽かの鳥が停まっており、彼をじっと見つめている。
普段なら気にも留めない光景だが、その鳥たちはまるで彼を待っていたかのように、群れをなして彼を監視していると感じた。
彼は軽く身震いし、そのまま公園の中央へと足を進めた。

公園は静まり返っており、誰もいなかった。
薄暗い中で、鈍い羽音が耳に残る。
ふと振り返ると、鳥たちが健太を追いかけるようにして低空飛行をしていた。
健太は少し驚き、足早に進もうとしたが、足がすくんでしまった。

「まさか、こんなに近くまで…」

彼は誰にともなく呟いた。
鳥たちは無言のまま、彼の動きを注視している。
なんだか気味が悪かった。

次の日、健太は公園の近くの小さな食堂で昼食を取ることにした。
ふと、店主が話しかけてきた。

「最近、あの公園で変なことが起きているらしいね。」

「変なこと?」健太は興味をそそられ、聞き返した。

「そう、夜になるとたくさんの鳥が集まってきて、まるで誰かを待つように鳴いているんだって。だからみんな、公園に近づかないようにしてる。」

その話を聞いた瞬間、健太の胸に重い不安が広がった。
彼が見た鳥たちが、もしかしたらその現象に関係しているのかもしれない。
何か大きな意味が隠されているんじゃないか、そんな思いが彼の心を占めた。

数日後、仕事終わりに再び公園に足を運んでみた。
空を見上げると、またしてもあの鳥たちが彼に向かって低く飛びかかるようにしている。
いつもより数が多い。
数十羽はいた。
恐怖ではなく、興味が湧いてきた。

「何をそんなに私を見ているの?」と、健太は思い切って鳥たちに問いかけた。
すると、信じられないことが起きた。
鳥たちが一斉に鳴き始め、まるで彼の言葉に反応しているかのようだった。
それでも健太は動揺せず、彼らの声に耳を傾けようとした。
すると、その瞬間、ある一羽の鳥が他の鳥たちを突き飛ばし、彼の目の前に飛んできた。
羽音は強く、彼の心臓が高鳴った。

「人間。私の血を求める者よ。」その鳥の口から発せられた声は、まさに人間のようだった。
流れるような言葉に彼は耳を疑った。

「血…? 何のことですか?」

「あなたは、この公園で死んだ無数の命の重さを背負っているのです。」再びその鳥は叫んだ。
「彼らは生き返りを望んでいます。」

健太はすぐに理解した。
そう、普段目にしているこの場所は、命を失った何かが記憶として残る場所だった。
そしてその思いが鳥たちを媒介とし、彼に向かって訴えかけているのだ。
彼は急にその場から逃げ出したくなった。
しかし、背後で無数の羽音が彼を呼び止める。

退治できない思いに押し潰されそうになりながら、健太は自分の心の声を抑えられなかった。
だからこそ、彼は鳥たちが繋いでいる命の想いに向き合う必要があると感じた。
「私があなたたちを解放する方法があるなら、教えてください。」

その言葉とともに、鳥たちは一瞬静まり返り、健太は確かな答えを待った。
すると、一羽が彼に向かって飛び込んできた。
その瞬間、彼は彼らの痛みを感じた。
命が求める解放、そして恐怖。
それは彼の心に響いた。

「あなたの力を信じて、私たちに希望を。」

健太は意を決し、彼らの導きを受け入れることにした。
彼は公園の真ん中で目を閉じ、思いを馳せた。
隣接する命の重さ、彼らのかつての姿、そして再生の願い。
強く念じるうちに、彼は鳥たちと一つになった。
それは自分の心の中に流れる音楽のようだった。

次の瞬間、周囲が明るく輝き、彼の前に現れたのはかつてこの公園で生きていた人々の影だった。
彼が鳥たちと心を通わせたことで、彼らの願いは形になり、彼らはこの世界へと帰っていく。
無事に解放されたのだ。

その瞬間、鳥たちは次々と夜空へと消えていった。
健太は目を開け、そこにはもう何もなく、ただ静寂だけが残っていた。
心の奥底から得た解放感と共に、彼は自分の周りを見渡しながら、目に見えない命たちの存在を感じた。
もう、彼を待つ鳥はいなかった。

タイトルとURLをコピーしました