ある町の片隅に、小さな一軒家があった。
その家に住むのは、視力を失った若い女性、あかりだった。
あかりは静かな日々を送っていたが、彼女の周りには不思議な現象が少しずつ起こり始めていた。
ある晩、あかりはいつものように、ベッドの上で穏やかな眠りについていた。
しかし、夢の中で、彼女は不思議な場所にいる自分を見つけた。
そこは、霧が立ち込める不気味な森だった。
足元は柔らかな土に覆われ、誰もいない静けさに包まれた。
その夢の中で、彼女は誰かの存在に気づいた。
それは、彼女の心の中で囁く声のようだった。
「おいで、あかり。」その声はどこからともなく聞こえ、彼女を引き寄せるように感じた。
目が覚めても、その声は耳から離れなかった。
翌日、あかりはいつも通りに過ごしたが、何かが彼女を惹き付けているように感じた。
特に、家の裏手にある古びた小屋が気になり始めた。
その小屋は以前から存在していたものの、彼女には足を踏み入れる勇気がなかった。
しかし、日に日にその気持ちが強まり、ついに彼女は小屋の扉を開ける決意をした。
小屋の中は、埃が積もった家具や紙くずが散乱しており、香ばしい木の匂いが漂っていた。
その瞬間、彼女は視覚を超えた何かを感じた。
それは、彼女を呼んでいる何か、身近で感じることのできる温もりだった。
彼女は慎重に小屋の奥へ進み、突然、冷たい風が吹き抜けるのを感じた。
何かが彼女の周りを取り巻いている。
鳥肌が立ち、思わず息を飲んだ。
その時、彼女の手が何かに触れた。
それは、古びた鏡だった。
鏡の表面は曇っており、彼女はその中に自分の姿を映そうとしたが、映らない。
ただ、ぼやけた影が映るだけだった。
その瞬間、彼女は再び夢の中の声を思い出した。
「私を見て、あかり。」その声は、今度は怒りを孕んだものに変わっていた。
驚いたあかりは、反射的にその鏡を取り落とした。
パリっと音を立てて割れ、彼女は驚きのあまり尻餅をついた。
鏡が壊れると、周囲が青白い光に包まれた。
その光の中から、薄らとした顔が現れた。
無表情でありながらも、何か訴えかけてくるような存在感を感じた。
あかりは恐れを抱きつつも、何かに引き寄せられるようにその顔に近づいた。
「私を見捨てないで…」薄い声が耳に残った。
それは、あかりであった昔の彼女、もう忘れかけていた自分自身の姿だった。
「あなたは私を捨ててしまったの? もう一度、私を思い出して。」その言葉は、周囲の空気を一変させた。
恐怖と混乱の中、あかりは目を閉じ、深く息を吸った。
彼女は自らの心の中を探り、かつての思いや記憶が詰まった場所を思い出そうとした。
「私を忘れたの?」その問いが響く。
その時、あかりは思い出した。
眩い日差しの中で笑い合った友人たち、家族の温かい声、そして自分の指先が触れた優しいものたち。
彼女は、そのすべてを大切に思っていたのだ。
「忘れてないよ。いつも心の中にいる。」そう呟き、あかりは心を込めて答えた。
その瞬間、鏡が美しい光に包まれた。
周囲の声は静まり、彼女はゆっくりと自らの存在を再認識した。
それは、自分が一人ぼっちではないという事実、そして過去の自分と再会した瞬間でもあった。
目の前の光が穏やかになった時、あかりは静かに家へと帰った。
彼女は自分自身を再発見し、以前のように見えない世界と向き合うことを決意した。
その日から彼女は、失ったものにさよならを告げ、新たな毎日を迎えていくのだった。