夜が更けた頃、一人の青年、健太は帰宅途中に薄暗い路に迷い込んでしまった。
目の前には古びた街灯がかろうじて灯りをともしているだけで、周囲は静まり返り、不気味な雰囲気が漂っていた。
いつもは賑やかな道なのに、今日はまるで誰もいないようだった。
健太は携帯電話を取り出し、地図アプリを確認した。
道を逸れたことを後悔しつつも、早く帰りたい一心で歩き続けた。
すると、視界の隅に何かが動いた気がした。
振り返っても何も見えない。
心臓が少し高鳴り、彼は気を取り直すように足を速めた。
路の真ん中には、突如として小さな影が現れた。
それは子供のような形をしていて、ただ立っているだけだった。
彼は目を細め、その姿を見つめた。
「おい、君はどうしたんだ?」声をかけると、影はゆっくりと顔を上げた。
無表情で彼を見つめるその目は、どこか深い闇を湛えていた。
「探しているの…」その子供はか細い声で呟いた。
言葉にはどこか不気味な響きがあり、健太の背筋が寒くなった。
「何を?」その問いかけが、彼の心のどこかに恐怖を植え付けた。
子供は答えることなく、ただ健太をじっと見つめ続けた。
気にせず先を急ごうとした健太だが、体が動かなかった。
麻痺したように、その場から動けなくなってしまった。
恐怖が心を支配し、「何かが起こる」と感じていた。
そのとき、周囲の空気が急に冷たくなり、震える声で「探しているの…」と再び子供が繰り返した。
その瞬間、彼の目の前に様々な幻影が現れた。
薄ぼんやりとした景色が重なり合い、幼い頃の自分の姿や、友達と過ごした懐かしい記憶が浮かび上がる。
しかし、その景色は少しずつ不穏なものへと変わっていった。
なぜか、その中には見覚えのある顔があったが、どれも苦しそうな表情を浮かべている。
「これは、何だ?」混乱し、思わず声をあげた。
「私を探して…」子供の声が健太の耳元で響く。
思わず目を閉じた彼だが、再び目を開けると、周囲の景色は変わらず、その子供は目の前に立っていた。
しかし、今度はその顔が知っている存在に変わっていた。
それは、数年前に事故で亡くなった彼の妹だった。
「お兄ちゃん、助けて…」妹の唇が動いた。
高鳴る心臓を抑え込むように、彼は必死に頭を振って逃げようとしたが、足がすくんで動けない。
「お兄ちゃん、私を置いていかないで…」彼女の声は悲しみに満ちており、その態度はまるで自分を責めているかのようだった。
「ごめん、私は…!」言い訳が口から零れ出た瞬間、妹は消えてしまった。
彼は目をしっかりと見開き、動くことができないまま、周囲に漂う冷気を感じていた。
静まり返った路に、ただ自分の心臓の音だけが響く。
その時、健太の脳裏に妹の事故の記憶が蘇る。
助けを求める声、目の前で起きた事故、間に合わなかった後悔。
自分の中に残る罪悪感が、彼を一層苦しめていた。
「私は探していなかった…」その言葉が口を衝いて出ると、ふいに路の景色が変わり、彼がいる場所が消えそうなほどの多くの影が現れた。
そして、いくつもの子供たちの姿が浮かび上がる。
「私たちを探して…」彼の心に突き刺さるその呼びかけは、彼を救いたいという思いと、同時に再び失いたくないという気持ちが交錯した。
その瞬間、彼は意を決し、足を前に踏み出した。
路を離れ、無心に走り出し、心の中にあった罪を少しずつ払拭していく。
彼は決意した、もう二度と大切な人を失わないと。
その後、健太は彼女たちの存在を忘れないよう、悪夢を見続けながらも、彼らを探すことを胸に誓った。
夜の路には、その影たちの思いが今も漂っているのかもしれない。