「忘れられた瞳の館」

館の名は「霧島館」。
地元では忌まれた場所として有名だった。
一年前、この館で一人の女性が失踪し、それ以降は誰も近づかなくなった。
特に、「瞳」が関わるという噂が広まり、さらに恐れられることとなった。
その瞳は、人の心の奥底に潜む「忌まわしき記憶」を引き出すと言われていた。

ある晩、若者たちの間で肝試しの計画が持ち上がった。
参加者は健二、美佳、則夫の三人。
彼らは好奇心に満ち、噂された館に挑むことに決めた。
霧のかかる夜、月明かりが薄暗い館を照らす中、彼らは金属製の扉を押し開けた。
古びた廊下はひんやりとした空気に包まれ、湿気と共に年代物の匂いが立ち込めていた。

「ここが霧島館か……想像以上に気味が悪いな」と健二がつぶやいた。
一同、不安になりながらも奥へと進んでいく。
美佳は何かに引き寄せられるような感覚を覚え、ふと目を凝らすと、廊下の奥に暗い影が見えた。
それは一瞬、しなやかな女性の形をしていた。
しかし、すぐに消えた。
彼女は震えながらも、「みんな、見た? あれ……」と声をかけたが、二人は心霊現象など信じないタイプだった。

探索を続ける彼らは、部屋ごとにチクチクするような視線を感じながら進んだ。
ある部屋に差し掛かると、その中から微かに光るものが見えた。
不安ながらも冒険心に駆られた彼らは、そっとその部屋の扉を開けた。
そこには大きな鏡が飾られており、鏡の前には古びた椅子が一脚置かれていた。

「もしかして、ここで何かが起きたのか……」則夫が言うと、美佳は思わず立ち尽くした。
「あの鏡に、何か見えるかも。」彼は恐る恐る鏡に近づき、見つめた瞬間、背中に冷たいものを感じた。
健二は友人に呼びかけた。
「どうした? そんなに怖いのか?」

その瞬間、彼の瞳に映ったものは、他の二人のものではなく、あの女性の瞳だった。
深い闇を持つその瞳は、自らの意志で彼を引き込むように輝いていた。
健二はその光に吸い込まれるように立ち尽くし、恐れながらもその魅力に抗えなかった。
「ああ……俺、何かに引かれている……!」彼の声は徐々にかすれ、意識が遠のいていく。

「健二! しっかりして!」美佳の叫び声が響く。
彼女は急いで彼を引き離そうとしたが、その瞬間、鏡がひび割れ、館全体が揺れ動いた。
則夫は恐怖に駆られ、急いで健二を突き飛ばした。
「逃げろ! 早く!」しかし、健二はそのまま鏡の中へと引き込まれてしまった。
美佳と則夫はお互いを見つめ合い、代わるがわる叫んだが、館の中はいつの間にか静寂に包まれ、目の前の光景が変わってしまった。

その後、彼女たちは手を取り合い、館から逃げ出した。
外に出ると、霧は徐々に晴れ、月明かりが館を照らしていた。
だが、その瞬間、背後から冷たい声が耳を打った。
「あなたたちは私を忘れることができない。」振り返ると、消えたはずの健二が立っていた。

しかし、彼の瞳はどこか悲しげであり、逆に笑顔を浮かべながら、彼女たちに見せたのはその瞳の奥に閉じ込められた「過去」だった。
美佳は恐れにかられ、「健二、何が起こったの?」と問いかけた。
彼の周囲に暗い雲が広がり、影が踊っているように見えた。

もう一度注視すると、鏡に映るはずだった忌まわしき記憶が、彼女たちの心を強く揺さぶり、何かが壊れてしまったような気がした。
確かめようと振り向くと、彼の身体は徐々に消え、瞳だけが残り、彼の瞳の奥にあった悲しみが映し出された。
次第に、彼の姿は霧のように消えていった。

館は今も現実としてそこに存在するが、その内側には不気味な静寂が漂い続け、時折、忘れられた過去の物語が現れる。
健二の瞳は、今もなお誰かを求め、館のどこかで新たな物語を語り続けているのだろう。

タイトルとURLをコピーしました