「消えた約束」

田中は、大学時代の友人・佐藤と共に古びた宿泊施設がある村を訪れることにした。
この宿は、何十年も前から利用されているにも関わらず、長い間放置されたように見えた。
村の人々はあまり近寄らない場所で、地元の伝説では、宿泊した人々が理由もなく姿を消すことがあると言われていた。

夜が訪れると、田中と佐藤は宿の部屋に荷物を置き、早速近くの温泉に浸かることにした。
その温泉は宿のすぐそばにあり、暗い森の奥から湧き出る湯源がある。
そこで、二人は友人同士の楽しい会話を交わしながらリラックスしていた。

温泉を風呂で済ませた二人は、宿に戻る途中、何か不可解なものを感じた。
宿の周りは静まり返っており、耳を澄ませば何かが聞こえてきそうだった。
ふと田中が立ち止まり、目を凝らすと、山の向こうに人影が見えた。
しかし、その影は一瞬で消えてしまった。

「今、何か見たか?」と田中が聞くと、佐藤は首を振った。
二人は宿に戻ったが、田中の心には不安が残った。
そして、その夜、彼は不思議な夢を見ることになる。

夢の中で田中は、宿の二階にある古い部屋に立っていた。
薄暗い家具が散らばるその部屋は、懐かしさと同時に不気味さを帯びていた。
目の前には少女が立っていた。
彼女は長い髪を垂らし、目は何かを訴えかけるように見つめていた。

「ここにいないで…」少女はか細い声で言った。
田中は混乱しながらも引き寄せられるように、その少女に近づく。
「君は誰?」

その瞬間、彼女の表情が変わり、無言で背を向けて走り去った。
田中は後を追ったが、その少女はどんどん遠くなり、ついには消えてしまった。
夢から目覚めた田中は、冷や汗が背中を流れ落ちる感覚を感じた。

翌朝、田中は佐藤に夢を話した。
彼も昨晩、奇妙なことがあったと告げた。
部屋で何かが動く音を聞いたと言う。
「それが本当なら、街の人々の言うことも無視できるね」と田中は不気味な気持ちを抱きながら返す。

二泊目も同じように過ごし、三日目には、村の住人からこの宿にまつわる噂を聞かされることになる。
過去にこの宿に宿泊した者たちが、一度姿を消すと、その後戻ってこないというのだ。
彼らは宿泊した場所にこだわり、時々、その記憶が戻ることもあるそうだ。

「もしかしたら、あの少女も…」田中は不安を口にした。
佐藤は頷いて、今夜調べてみようという提案をする。
そして、その晩、再び夢の中で少女と出会うことを願った。

再び夢の世界に入り込んだ田中は、少女を追いかける。
今度は、彼女を見失わないようにするため、必死に走る。
到着したのは、先ほど見た二階の部屋だった。
少女はそこにいた。

「お願い、ここにいないで」と彼女は繰り返すが、田中は勇気を振り絞って言った。
「君は何を待っているの?どうしてここから出られないの?」

すると少女は振り返り、涙を流しながら呟く。
「約束を、守れなかったから…」

「誰との、約束なんだ?」田中は必死に尋ねるが、少女は虚空を見つめるばかりだった。
「私はずっとここで待っている…」

田中は彼女の無垢な目を見て、自分が彼女を助けられるのではないかと直感した。
「君が待っている人を思い出して、ご両親は今どこにいるの?私は君を連れて行くから…」

その言葉を言うと、夢が崩れ始め、田中は目を覚まさざるを得なかった。
彼の頭の中には、足りない情報があった。
少女の存在を解決するために、彼はもっと調べなければならないと強く感じた。

宿の日々が続く中、田中は地元の人々に話を聞くことで、少女の名前が「真由美」ということを知る。
彼女は数年前にここで消えた子供であり、宿には今でもその思いが残っているという。

三日目の晩、田中は再び夢の中に行き、真由美に会うことを心に決めた。
そして、少女に約束を守らせるため、彼は宿の中での全てを継承していく。
夜が始まると、彼は再び二階の部屋に足を踏み入れた。

「真由美、私が来たよ!」田中は強い声で叫んだ。
果たして、真由美は夢の中に姿を現した。
「あなたは、誰?」

田中は自分が彼女を助けたいことを伝え、彼女の両親や過去を思い出させるための手助けを申し出た。
「一緒に、この宿を出よう。」

彼の言葉に、真由美は優しい微笑を浮かべる。
「では、一緒に行ってくれる?」彼女は一歩踏み出し、二人は宿を出て行った。

目が覚めた田中は、寝室に戻り、泣いているような安心感を抱いていた。
あの宿での出来事が、本当に存在したことを確信していた。
真由美は今も彼の心の中に生き続けている。
あの宿からの恐怖から解放された彼は、これからも彼女の笑顔を思い描きながら、日々を過ごしていくことを心に誓った。

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