川のほとりにある小さな村があった。
村人たちは、その川を「鳴り川」と呼んでいた。
なぜなら、夜になると誰もいないはずの河が、まるで誰かが囁くように音を立てるからだ。
鳴り川の音は、遠くから近づくうめき声や、嗤い声のように聞こえることもあり、村人たちは恐れて近づこうとしなかった。
ある年、村に田中と名乗る若者が引っ越してきた。
田中は、都市の喧騒を離れて穏やかな生活を望んでいたが、あまりに静かな村の様子に興味を抱いた。
特に、夜に鳴る川の声が気になり、どうしてもその正体を知りたくなった。
ある晩、好奇心を抑えきれなくなった田中は、河辺に行くことにした。
月明かりの下、河の通常の流れと静けさは、梱包された謎のように彼を誘惑した。
やがて、川の声が耳に入ってきた。
それは低く響き、まるで遠くから呼びかけているようだった。
「来て、私を探して」と。
田中は心臓が高鳴るのを感じながら、川の音に導かれるように歩みを進めた。
やがて、河の上流にある古いボロボロの小屋が見えてきた。
田中は恐る恐るその小屋に近づき、扉を開けて中に入った。
すると、目の前には昔の村の地図が広げられていた。
地図には、いくつかの赤い点が印されており、それは何か特別な場所を示すようだった。
その時、突然、背後から声が聞こえた。
「あなたも見つけたのね…」振り返ると、そこには美しい女性が立っていた。
しかし、彼女の顔はどこか曖昧で、ハッキリしない。
田中は驚き、彼女に問いかけた。
「あなたは誰ですか？なぜここにいるの？」
女性は微笑みながら、「この川は私のもの。再び、私を呼ぶ者が現れるのを待っていたの」と言った。
田中は恐れを感じ、逃げ出そうとしたが、足がすくんで動けなかった。
彼女は続けた。
「私の声を聴くと、引き寄せられてしまうのよ。この川は、過去の悲しみと復讐の渦巻く場所。何度も何度も、呼びかけが繰り返されるの。」
田中は彼女の言葉の中に、何か深い悲しみを感じた。
何度も呼びかけが行われるという言葉には、村の過去の地獄のような歴史が隠されているのかもしれない。
そして、自らがその渦に巻き込まれようとしていることを、彼は自覚した。
彼女はその後、田中を見つめながら言った。
「さあ、あなたも私の仲間になって。再び、鳴り川で呼ぶ者として、永遠に私と共に歩むの。」恐怖を感じながらも、田中はその場から逃げ出した。
背後で彼女の声が鳴り響き、今度は彼女だけでなく、他の声も聞こえ始めた。
村に戻った田中は、川の声がただの音ではないことを理解した。
静寂の中に潜む恐怖。
村人たちが避けていたのは、決して単なる噂ではなかった。
鳴り川が生み出す音は、亡くなった者たちの声。
彼らが求めているのは、再び生きる者を引き込むことだった。
それ以来、田中は夜になると鳴り川の音が耳に残り、思わず目を閉じたくなるような恐怖に包まれていた。
村の人々は知らぬ間に、再び呼びかけられ、鳴り川の囁きに導かれていった。
誰もがその恐怖心を感じつつも、結局は逃れられず、川の声に飲み込まれてしまうのだった。
