時は令和のある夏の夜、淡い月明かりがひときわ神秘的な雰囲気を醸し出していた。
舞台は、かつて繁華な町だったが今は廃墟と化した一角。
かつての賑わいが嘘のように静まり返った場所には、朽ちた建物がそびえ立ち、その影からは風が冷たく吹き抜ける。
そんな場所に、若い学生の村上健太が肝試しをするために足を運んだ。
健太は、友人たちと共にこの廃墟に来たのだが、言い伝えが多く残るこの場所には、何か感じるものがあった。
仲間が言うには、この廃墟には「落」という現象があったという。
心の奥に潜む恐れや神秘を具現化させる何かが、訪れた者を「ま」さに捉えて、やがてその者を「廻」し、元に戻らない場所へと送り込むのだという。
健太は冗談交じりに友人たちに話をしつつも、不安な気持ちを抱いていた。
彼らが廃墟の中に入ると、異様な静けさが広がっていた。
思わず背筋が寒くなる。
友人の一人、佐藤が「この中に録音されてる音があるんじゃないか」と言うと、健太は「ちゃんとした肝試しにしようよ」と苦笑いを浮かべる。
だが、恐れを隠しきれない腕が震えていた。
奥へ進むにつれて、周囲に人の気配を感じられなくなり、不安が募る。
突如、健太の目の前にうっすらと影が現れる。
影はぐるぐると周囲を回りながら何かを囁いている。
その影は、まるで彼を誘うかのようだった。
「ま…助けて…」という耳元での声がこだまする。
思わず健太は後退りするが、周囲はいつの間にか暗闇に包まれていた。
「おい、健太!大丈夫か?」友人たちが心配そうに声をかけるが、健太の視界はぼやけ始め、心臓の鼓動が異常な速さになった。
影は近づいてくる。
健太は恐怖に体が固まり、もう一歩も動けない。
友人たちはいつの間にか後ろの方で話し合っているように見えるが、その声が遠く聞こえる。
影の存在は、ますます強まるばかりだ。
その時、影が近づくとともに、突然、彼の目の前に現れたのは、かつてこの場で何かの形で生きていた人の魂であった。
健太は「これは夢だ、夢だ」と自らを励ますが、眼前の現実には抗えなかった。
「助けて…私たちを解放して…」その言葉に、健太はどうしようもない無力感を感じた。
影は彼を「ま」るで何かの表象であるかのように廻し、彼の内なる恐怖を師弟の如く引き出した。
心の奥の暗い部分が引きずり出され、蓋をしていたものがはみ出してしまうかのようだった。
彼の記憶の奥にある、過去のトラウマや痛みが渦を巻いていた。
その瞬間、視界が真っ暗に包まれ、何もかもが消失した。
目を開けると、輝く月明かりの下、彼は空っぽの廃墟の中に立っていた。
しかし、その場には友人たちの姿が見えない。
恐れと孤独感が彼を襲う。
陽の光が差し込むような感覚は一切なく、ただ冷たく、暗い空気だけが彼を包む。
どこか滑らかな感触が背中を支え、彼はその瞬間、自分が「落」ちてしまったことに気づいた。
誰もいないその場所で、彼は叫び続けた。
「助けて、助けて…」しかし、その声は空しく響くだけだった。
彼の意識は、再びその暗い深淵に引き寄せられ、目の前に広がるのは、無限とも思える闇だった。