薄暗い森の中に、古びた鳥居が立っていた。
その先は、妖が棲むと噂される不気味な空間で、その名も「鳥の域(いき)」と呼ばれていた。
この地には、かつて多くの鳥たちが集い、無邪気にさえずっていた。
しかし、ある日を境に、鳥たちは一羽も姿を見せなくなってしまった。
その後、森には妖の訪れを唯一の楽しみとする人々が集まるようになっていった。
ある晩、女子学生の真琴は友人と共にその神秘的な場所を訪れた。
「夜の森には特別なものがあるらしいよ。私たちも一度見てみたいと思って」と言いながら、彼女は森の奥へ急いだ。
友人たちは少し不安を感じていたが、真琴の元気な性格に押されて、彼女たちも相手に刺激された。
鳥居をくぐると、森は一層静寂に包まれていた。
湿った空気がまとわりつき、不安感が胸を締め付ける。
しかし、その静けさを楽しむように真琴は笑顔を絶やさなかった。
「ねえ、もし妖が現れたらどうする?」と友人の一人、里香が尋ねると、真琴は軽く笑う。
「別に怖くないよ。好奇心が勝つもん。」
その時、真琴の視界の端に、何かが動くのを感じた。
彼女は振り返った。
そこには、青白い肌をした妖が現れていた。
長い髪と鳥の羽を持ち、目はまるで暗い空を映すような深い色をしている。
「ようこそ、私の森へ。しかし、ここに来る者は代償を求められる…。その心を見せてくれ」と妖は静かに言った。
真琴は恐れを感じながらも、「私はただ、あなたの美しい姿を見たかっただけです。特別なものが得られるなら、私は何でも構わない」と応えた。
この言葉に、妖は微笑み、その瞬間、森の木々がざわめく音を立てた。
彼女は真琴の心の奥底に潜んでいる執着に感づいていた。
「代償とは、忍耐と時の流れを感じることだ」と妖は言った。
「私の囚われた鳥たちの鳴き声を聞なければならない。彼らは消えたのではなく、私の執念に囚われているだけだ。」
その言葉に戸惑う真琴だったが、妖は続けた。
「もし彼らの声を聞くことができれば、あなたの欲しいものは与えられる。しかし、決して忘れてはならない。忍耐を要する道のりだ。」
真琴は逃げ出すこともできず、妖の周りに立ち尽くした。
その時、森から遠くの方でか細い鳴き声が聞こえてきた。
それは、過去にこの森に存在した鳥たちの声だった。
「お前たちも助けを求めているのか」と真琴は独り言をつぶやいた。
真琴はその声を頼りに歩き出した。
友人たちの不安な顔を振り返りながら、彼女は響く声の源を追い詰めていった。
だが、次第に森の奥深くに進むにつれ、その声がどんどんか細く消えゆくのを感じる。
果たして、彼女はその声を聞き届けることができるのだろうか、絶望と恐れが心に迫ってきた。
しばらく進むと、目の前に広がる開けた場所にたどり着いた。
そこには、無数の羽が散らばり、鳥たちの姿が木の陰に隠れていた。
重苦しい空気の中、彼女たちの叫び声が真琴の心に流れ込んできた。
「助けてほしい…忘れないで…」
真琴の心は痛んだ。
彼女は自分の願いと欲望の持つ恐ろしさを実感した。
彼女が求めていた特別なものは、代償としての忍耐と心の執拗さがもたらす結果だったのだ。
「私はあなたたちのことを忘れない。必ず助け出すから」と真琴は誓った。
しかし、その言葉が妖に届くことができるのか不安がよぎる。
彼女はその瞬間、優しく微笑み、鳥たちを見つめた。
「もう一度、あなたたちの声を学ばせてください。私はあなたたちのために戦う。そして、私の心を執念から解放させてください。」
妖が真琴の心を読み取った瞬間、彼女の言葉は力を持ち始め、歌のようなメロディが流れていった。
不気味な静寂から、少しずつ鳥たちの声が戻ってきた。
森の奥深くに彼女の願いが通じ、真琴の勇気が妖に作用していった。
その瞬間、森の空間が一瞬で明るく生まれ変わった。
涙を浮かべた鳥たちが、自由に飛び立っていくのを見て、真琴は笑顔を浮かべた。
鳥たちの存在は彼女の努力を受け入れ、そして森の中は再び静寂に包まれた。
真琴と友人たちは、その後も「鳥の域」を訪れることはなかったが、彼女たちが経験したことは決して忘れられない記憶となり、代償として生き続けるものとなった。
彼女の心が持つ執念は永遠に、鳥たちの歌声として強く生き続けるのだった。