病院の薄暗い廊下は、不気味な静寂に包まれていた。
すでに夜も深まり、外からはまるで忘れ去られたような静けさが押し寄せる。
ただ、病室の一つには、吉田と言う名の患者が入院していた。
彼は過去に不治の病を抱えていたが、最近になって症状が和らぎ、退院が待ちわびられていた。
しかし、吉田は不安を感じていた。
退院が近づくにつれ、彼の周囲で奇妙な現象が起こり始めたのだ。
まずは病室の壁に映る影。
夕暮れになると、影はまるで誰かが背後にいるかのように動くことがあった。
まるで病室に何かが潜んでいるかのようだった。
吉田は心の奥でそれを否定しようとしたが、気持ちは次第に重くなり、悪夢にうなされることが増えていった。
ある晩、吉田は目を覚ました。
目の前には清水看護師が座っていた。
彼女は優しい笑顔で「具合はいかがですか?」と声をかけてくれた。
吉田は「少し頭が痛い」と答えると、清水は優しく彼の手を取り、何かをささやくように耳打ちした。
「心配しなくて大丈夫。あなたはもうすぐ退院できるわ。でも、もしかしたら、戻ることになるかもしれない。」
瞬間、吉田の心臓が早鐘のように打ち始めた。
清水の言葉が脳裏に響き渡り、彼は何かを感じ取っていた。
「戻ることになる」とは一体どういうことなのか。
そして、その背後に何が潜んでいるのか、吉田は思いを巡らせた。
次の日、彼は自分の病室が不気味なものに変わっていることに気がついた。
壁に描かれた線香の煙のような模様、それは徐々に彼の視界に入り込むようにして広がっていた。
更に、前夜の夢の中で、彼は不気味な女性の幻影を見た。
その女性は彼を見つめ、「計算してる。私の、本当の診断が必要なの」と言った。
病室の空気はどんどん重たく感じられ、彼の心に不安が溜まっていった。
いつもは明るい病院の廊下も、今や冷たく、どこか人を寄せ付けない雰囲気が漂っていた。
吉田は自分の体調だけでなく、周囲の変化が怖ろしいものであると感じていた。
そんな時、彼は隣の病室からこっそり聞こえてくる話を耳にするようになった。
患者たちがささやく声。
「あの人、今年の春にもこの病院に来ていたらしいよ。だけど、彼は…」と話す声が続く。
吉田はその言葉が耳に入るたびに、恐怖で全身が震えそうになった。
ある晩、吉田は再び悪夢を見た。
夢の中で彼は清水看護師に導かれ、暗い廊下を進んでいた。
廊下の先には、かつて病院にいた他の患者たちが動かずに立ち尽くしており、彼の姿をただ見つめていた。
気がつくと、彼自身もその一人になってしまった。
何もできないまま、永遠にその場に縛られているように感じる。
病院は彼の後ろから冷たいまなざしを向けてきていた。
翌朝、吉田は退院の許可を受けた。
しかし、その喜びの裏に、彼の心の中には何か重いものが残っていた。
彼は一度、病院の外に出て、振り返った。
その瞬間、彼の視線が病院の窓に吸い寄せられる。
「算出されていたのか?」と彼の心に疑問が浮かんだ。
そこで、彼は気がついた。
自分が病気で苦しむことで、彼は少しずつ病院に取り込まれていく存在になるのだと。
吉田は足をすくませ、振り返ることができずにその場を去った。
しかし、心の奥には、確かに後悔の影が忍び寄っていた。
彼はその後、退院しても、不気味な影がつきまとい続け、自分がまだ戻っているかのような恐怖を抱えながら生き続けることになった。
病院の中での出来事は、彼にとって消し去ることのできない真実として残り続けるのだった。