たっぷりとした緑に囲まれた小さな村、「た」は、古くから伝わる伝説とともに静かに息づいていた。
村の中心には大きな榎の木があり、村人たちはその木に祈りを捧げ、代々代替わりの祭りを行っていた。
しかし、その榎の木には、誰もが触れたくない秘密があった。
物という名前の女子高生、山田美咲は、その村に電車で訪れた。
休日を利用して、彼女は友人たちとともに心霊スポットを巡ることにしたのだ。
美咲は、少し怖い話が好きだったけれど、友人たちと楽しく過ごすことに夢中になっていた。
そんな彼女たちが、偶然「た」の村に足を踏み入れたとき、彼女は伝説に耳を傾けた。
村人たちから語られる「榎の木の呪い」——それは、木の下で喪に服した者が、代わりに大切な思い出を奪われるというものだった。
村では、何度かその木のもとで祈りを捧げた者が、後に人々の記憶から消えてしまったという奇妙な現象が起こっていた。
美咲と友人たちはそれを聞き、「そんなのは迷信だ」と笑い飛ばした。
しかし、彼女の心にはひとつの不安が芽生えていた。
榎の木を見ると、なぜかその木に呼ばれているような感覚がしたのだ。
友人たちは無邪気にその近くで写真を撮っていたが、美咲はまるで何かに引き寄せられるように、木に近づいてしまった。
「ここで祈ってみようよ」と、友人の一人が提案した。
それに応じて、美咲は少し戸惑いながらも心の中で「忘れたくない」と願った。
しかし、それは自らを深い黒い渦に投げ込む始まりだった。
みんなで祈りを捧げたその瞬間、美咲の視界は一瞬暗くなり、彼女は変な気分を味わった。
翌日、彼女は目を覚ますと、何かが違うことに気づいた。
友人たちとの楽しい思い出が記憶の中から薄れていくのを感じた。
何度も思い出そうとしたが、浮かぶのは何もない。
ただ、彼女の心には「忘れたくない」という思いだけが強く残っていた。
美咲は友人たちに連絡を取るが、彼女の呼びかけに応える者は誰もいなかった。
友人たちの姿や名前が、不思議なことに思い出せないのだ。
焦りと孤独感が彼女を包む中、再びあの榎の木へ行こうと決意した。
木の前に立つと、心の中で「戻してほしい」と強く願った。
しかし、木は静まり返ったまま、何の反応も示さなかった。
すると、彼女の耳に、囁くような声が聞こえた。
「思い出は奪われた。代償を支払え」という冷たい声だ。
美咲は動揺し、「代償」とは何を指すのか理解できなかった。
再び思い出したのは、彼女が友人たちを助けられなかったこと、彼女自身の内面の葛藤と喪失感だった。
彼女は木に向かって叫んだ。
「どうか、私の思い出を戻して!」
だが、その時、彼女は気づいた。
榎の木の周りに、青白い光が現れた。
その光の中には、彼女が忘れてしまったはずの友人たちの姿が見え隠れしていた。
彼らは笑っていたが、目はどこか儚げで、美咲に向ける視線には悲しみが宿っていた。
やがて、光が消えると同時に、彼女の心に一つの真実が迫った。
忘れたくない思い出が消えたのではなく、彼女自身がその思い出を忘れさせてしまったのだ。
友人たちとの関係を大切にすることを忘れて、自分の心の中で壁を作ってしまった。
気づいた時には、手遅れだった。
榎の木の呪いは、ただの伝承ではなく、彼女自身の無関心が生んだ現象だった。
美咲の視界には、彼女の友人の記憶は戻ってこず、ただ静かにその木の下で立ち尽くす美咲だけが取り残されていた。
彼女はその瞬間、自分が何を失ったのかを理解した。
そして、美咲は一つ、心の中で呟いた。
「次は、誰かを忘れさせないようにしなきゃ」と。
夜の闇が村を包み込み、彼女の心の奥に秘められた喪失感が、永遠に残ることとなった。