「呪われた井戸の影」

コウタは、小さな村で育った普通の高校生だった。
彼の住んでいる村には、古くからの言い伝えが残っている井戸があった。
その井戸は、村の中心に位置し、今もなお水が湧き出ている。
しかし、井戸の水は、村の人々から忌避される存在でもあった。
その理由は、「呪われた井」と呼ばれるものだった。

村の先輩たちからは、井戸にまつわる奇妙な噂を耳にしていた。
「あの井戸に水を汲みに行くと、必ず何かを失う」と。
コウタは、その話を半信半疑に思っていたが、次第に彼の心に疑念が芽生えていった。
無邪気な日々の中で、何か特別な体験を求めていた彼にとって、その井戸はむしろ興味の対象となった。

ある夏の日、友人たちと井戸を訪れたコウタは、冗談半分で水を汲むことに決めた。
友人たちは「やめとけ」と止めたが、彼は聞く耳を持たなかった。
「俺が呪われるわけないだろ!」と明るく笑った。
そのときのはしゃぎ声が、井戸の深い静寂に響いた。

井戸の前に立ち、コウタは桶を手にした。
水面を覗き込むと、自分の顔が映っていた。
しかし、その瞬間、彼の目の前に異様な幻影が現れた。
薄い白い影が浮かびあがり、悲しげな表情で彼を見つめていた。
驚いたコウタは思わず後退し、友人たちも驚いた声を上げた。
しかし、意外にも、彼はその影に心を惹かれた。

「何かを失う」と言っていた村人たちの言葉が脳裏に浮かぶ。
その影は、まるでコウタに「私を助けて」と訴えているようだった。
何か不気味な感覚を覚えながらも、彼は意を決して井戸に水を汲むことを続けた。
その瞬間、井戸から冷たい水が溢れ出し、桶を満たした。

次の日、コウタは何気なく学校に向かった。
しかし、いつもと違う様子に気が付いた。
友人やクラスメートの反応が冷たく、彼を避けるように見えた。
彼は不安を感じ、思わず周りを問い詰めたが、誰も答えることがなかった。
次第に学校での孤立感が強まり、彼の心に不安が募っていった。

それから日が経つにつれ、コウタは次々と大切なものを失っていった。
友人たちは離れ、愛するはずのゲームは楽しめなくなり、さらには自分の趣味までも失った。
日常の楽しみが消えていくことに、彼は次第に怯えていった。
「俺は、井戸の呪いにかかったのか?」という思いが頭をよぎった。

そして、ある晩、彼は夢の中であの井戸の白い影と再会した。
その影は、彼に向かって手を伸ばし、言葉を発した。
「私を解放して」。
コウタは震え上がった。
夢から覚めた彼は、何かをしなければならないと強く感じた。

再び井戸に向かうことを決意したコウタは、夜の静寂の中でその場所に立った。
彼の心には恐れが渦巻いていたが、影の叫びが聞こえるような気がした。
井戸を覗き込み、声を張り上げた。
「お前は何を求めているのか!?」

その刹那、井戸から強い風が吹き上がり、耳元で叫び声が響いた。
「私を失わないで!」コウタは恐怖に襲われ、後ずさったが、その瞬間、彼の中に何かが確かに流れ込んできた。
影に呪われているのか、呪いを解くのか思い悩みながら、彼は水を汲み、呪文のように唱えた。
「私が、お前を忘れないと誓う」。

その瞬間、井戸から泡のような水が溢れ、彼の全身を包み込んだ。
恐れや不安が霧散し、代わりに温かな感覚が体を支配する。
そして、彼はその影と心がつながったかのように感じた。

やがて、彼の周りが静まり向き直ると、影は霧のように消えていき、彼の心に安堵感が残った。
呪いは解かれたのかもしれない。
友情も戻ってくるだろう。

しかし、次の日、コウタが村に戻ると、人々は彼を見る目がどこか険しかった。
彼には、何かが変わってしまった気がした。
しかし、彼が失ったものに対する恐れは、影を解くために受け入れた代償だった。

彼は呪いに気づき、呪われた井戸と向き合った。
その後、村は彼を少しだけ敬遠し、彼自身もまた、あの日の影を忘れられずにいた。

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