「畳の下の囚われ」

畳の上に、一つの小さな人影が現れた。
田中恵子は、古びた一軒家の居間で、祖母が遺した古いものを整理していた。
陽が落ちかけた午後、静かな家の中で、恵子は一つ一つの品物に目をやり、懐かしい思い出に浸っていた。
しかし、畳の上に座った瞬間、どこか不気味な感覚が彼女の背筋を走った。

恵子は視線を逸らさず、畳の模様をじっと見つめていた。
その時、畳の一部がひび割れ、まるで生きているかのようにわずかに揺れているのを感じた。
驚き、彼女はその場から立ち上がろうとしたが、まるで地面に引き留められるように動けなかった。
心臓の鼓動が早まり、彼女は神経を尖らせる。
目の前の畳の一角から小さな声が聞こえてきた。

「助けて…助けてください…」

声の主は、どこか遠くの空間から響いているように感じられた。
恵子は前方に目を凝らした。
畳の模様の間から、一人の少女が顔を半分出していた。
少女の顔は白く、まるで何かに怯えているような表情を浮かべている。
恵子は思わず声をかけた。

「あなたは誰ですか?」

少女は、震える声で答えた。
「私は、ここに閉じ込められています。ずっと、ずっと…」

恵子はその言葉の意味を理解できなかった。
逆に、少女は何から逃げているのか、なぜ畳の下にいるのか、想像もつかなかった。
しかし、胸の奥に小さな恐怖の種が芽生えているのを感じた。

「どうして閉じ込められているの?」恵子は尋ねる。
少女はゆっくりと目を閉じた。
その瞬間、畳が大きく揺れた。
部屋中の空気が重く変わり、恵子の心臓が不安定に上下した。

「私の命は、ここから出られない運命なのです。私が逆らったとき、あの人に呪われた…」少女の声が徐々に弱まり、か細くなった。

恵子は言葉を失った。
少女が言う「あの人」という存在が何者なのか、彼女の中に執念が残っているのか、想像することすら怖れた。
だが、同時に恵子の中で何かが動き出す。
逃れられない運命に抗いたいという想いだった。

「私はあなたを助ける!」そう決意した瞬間、恵子は畳の上に手をついた。
指先が少しだけゆがんだ模様に触れた瞬間、またもや揺れが起こり、畳の下から冷たい風が吹き上がった。
少女は恵子の手を掴み、目を見開いた。

「本当に助けてくれるの?」

恵子は頷くと、両手で少女の手を引こうとした。
彼女は自らの命を賭ける覚悟を持ちながら、身をかがめた。
しかし、冷酷な感情が畳の裏から立ち上がり、恵子を捕えようと手を伸ばしてきた。
彼女の体が吸い込まれそうになり、必死に抵抗した。

「逆らうことは許されない!」響き渡る声が広がり、恵子の周囲は暗闇に包まれた。

恵子は力を振り絞り、少女の手を引く。
彼女の中に秘められた執念が、一瞬の光を放つ。
少女は怯えた表情を崩し、明るみに出られるかもしれないという希望を見せた。
恵子もまた、逃れられぬ運命から逃れるために、全てを賭けた。

「一緒に行こう!」恵子は少女に叫んだ。
少女も恵子の声に応え、二人は一瞬の光に引き寄せられた。
畳の下から力強い渦が起こり、次の瞬間、二人は放り出された。
力強い光の中で、恵子は意識を失いかけた。

目を開けると、彼女は自分の部屋の畳の上に横たわっていた。
少女の姿は消え、代わりに静寂が満ちている。
心臓の鼓動が落ち着くのを感じながら、恵子は自分が何を成し遂げたのか、そして少女が救われたのか否かを考えた。

しかし、その夜以降、恵子は畳を見るたびに、あの少女のことを忘れることができなかった。
彼女の助けの声が、耳の奥にこだまし続けていたのだ。
命が逆転し、執着が残り続ける─その影は、彼女の心の中で生き続けているように思えた。

タイトルとURLをコピーしました