夏の終わりのある夜、裕一は仕事を終え、社に一人残っていた。
社は古くからの信仰が息づく場所で、神の存在を感じる神聖な空間であった。
しかし、そんな神聖な場所も、闇が迫れば不気味に感じることもあった。
裕一は、翌日の行事の準備がまだ終わっていなかったため、最後の仕上げをしていた。
薄暗い社の中には、木々のざわめきや虫の声が響き、不気味な静けさが漂っていた。
午前の時間が過ぎていくにつれ、彼は不安に駆られ始めた。
外の世界から隔離されたように感じ、心がざわめいた。
彼が準備を進めると、突然、社の奥から不気味な足音が聞こえてきた。
裕一は身を固くして耳を澄ませた。
影のように動く何かが、まるで自分の方に近づいてきているかのようだった。
誰かがいるのだろうか?裕一は心拍数が上がり、視線を奥の方に向けた。
その瞬間、影がちらりと見えた。
白い服に包まれた女性が、社の入り口に立っていた。
彼女の髪は長く、その顔は薄暗い中でも鮮明に映し出されていた。
但し、彼女の表情は何とも言えない無表情で、まるで裕一を見ているかのようだった。
「誰かいるんですか?」裕一は声をかけたが、彼女は返事をしなかった。
その代わり、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。
裕一は恐れを感じつつも、その女性に何か引き寄せられる感覚があった。
彼は思わず目を合わせた。
彼女は裕一の近くに来ると、ぽつりと言った。
「私の縁は、あなたと繋がっている。」裕一はその言葉に首を傾げた。
何の縁があるのか、全く思いつかなかった。
しかし、その瞬間、彼の頭の中にある記憶がフラッシュバックした。
幼少期、母親から聞いた神社の伝説。
そこで生きる霊、願いを聞き入れる存在。
彼が選んだ社という場所に、実際に霊が宿っているのかもしれないと思った。
裕一はなおも不安を感じた。
影を持つ女性の姿は、社の明かりの中で次第に揺らぎ、彼の周囲が冷たくなっていくのを感じた。
どうすればいいのか、思考が混乱した。
そしてバックの影から、もう一つの影が浮かび上がった。
裕一は背筋が凍り、恐れを抱き、この場から逃げ出そうと思った。
しかし、足が動かなかった。
「私の影は、あなたの心の中にある。」女性が再び口を開いた。
彼の中に宿っている不安や恐れているものが、影となってその女性を形成していたのだ。
彼の悩み、過去の選択、未来への不安が、すべて彼女の存在を呼び寄せているのかもしれなかった。
その瞬間、裕一は女性の存在を通じて、自分自身と向き合うことが必要だと思った。
彼は心の中の煩悩に立ち向かうことができるか?裕一は目を閉じ、深呼吸をした。
彼女の存在を受け入れ、逆に彼女から学ぼうとした。
「私があなたの縁であるのなら、心の重荷を手放しましょう。」裕一がそう言った瞬間、女性は微笑んだ。
彼女は優しい眼差しを向け、裕一の心の奥でずっと封印していたものを洗い流すかのように手を差し伸べてきた。
裕一はその手を取ることにした。
視界が明るくなり、彼は自身の影と真摯に向き合うことができた。
そして気がつくと、影は薄れて行き、女性の存在も消えていった。
気がつくと、明け方の光が社の中に差し込んでいた。
恐怖は消え去り、清々しい気持ちで満たされた。
裕一は、彼女の存在を通じて心の中の影を持つことができた。
その後、裕一は時折社を訪れ、心の整理をするようになった。
影は消えたが、彼の心の中には希望と共に、無縁に縁を築くことができた。
その現象は忘れられない体験として、彼の脳裏に焼き付いていた。