夜の帳が下りると、町は静寂に包まれた。
そこに位置する古びたアパート「青葉荘」は、特に不気味な雰囲気を醸し出していた。
住人たちは一様に、夜になると外出を避けるようになったという。
特に、三階の部屋に住む佐藤明美は、その恐れの象徴だった。
彼女は、ある晩、ふとしたことから悪夢に翻弄されるようになったのだった。
明美が初めて気づいたのは、友人たちとの飲み会の帰り道だった。
家の近くに来ると、ふと彼女の後ろから誰かの視線を感じた。
振り返ると、暗い影が立っている。
しかし、誰も彼女に近づいてくることはなかった。
その夜、夢の中でその影が彼女の元にやってくることになる。
明美は、連日の夢の中でその影と対峙することになった。
彼女の知らぬ間に、影は常に彼女の背後に潜んでいた。
影はいつも口を開いていたが、声は聴こえない。
彼女を見つめ無表情のまま、ただ存在するだけ。
それが徐々に彼女の心に不安を植え付けていった。
日が経つにつれ、彼女の夢は恐怖から悪夢へと変わった。
影が次第に力を増し、明美の伴侶ではないかとさえ思わせるほど、存在感を増していった。
そしてある日、彼女が友人たちにその夢を話したところ、思わぬ反応が返ってきた。
「あの青葉荘にはいくつかの話があるんだ。昔、悪いことをした人がここに住んでいたらしいよ。」友人はそう語り、明美の恐れを一層深めた。
明美は自分が何かに引き込まれていると感じ始めた。
影の存在が日常生活に影響を及ぼし、他人と接することができなくなった。
食事をすることさえも、影が見えないかと恐れて、ベッドの上で食事をするようになった。
友人も次第に明美から遠ざかっていく。
誰もが彼女を恐れ、影の影響を感じ取ったのだろう。
その夜、明美は再び悪夢に包まれた。
影がこれまで以上に彼女に近づいてきた。
近づけば近づくほど、彼女の意識が薄れていき、まるで引き込まれるような感覚を覚えた。
彼女は目を開けたまま夢の中で影を見つめていた。
影はゆっくりと口を開き、彼女に向かって「あなたは私のものだ」と呟いた。
その瞬間、明美の心臓は恐怖で締め付けられ、彼女は何もがうまくいかないと思った。
夢の中で影と交わったその瞬間から、彼女の日常は一変した。
次第に明美の身体に異変が現れるようになった。
かつては輝いていた肌は枯れ、目は虚ろになっていった。
人前に出ようとする度、影を背負ったまま立ち尽くし、その冷たさが彼女自身をも無にしていくかのようだった。
ある晩、彼女は決心した。
影から逃れようとして、町外れの神社に辿り着いた。
手を合わせ、彼女は祈った。
しかしその瞬間、影は彼女の背後から囁いた。
「逃げることはできない。あなたは私のもの。」その言葉に心を奪われ、彼女は恐怖から動けなくなった。
彼女は気がつくと、自宅の寝室に戻っていた。
まるで何かに引き戻されたかのように。
日常に戻ったかに見えたが、窓の外には影が常にたたずんでいた。
もはや明美の心は完全に影に占領され、彼女自身はただの一人の人間としての存在を失った。
数日後、青葉荘の住人たちは明美の姿を見かけなくなった。
不気味な静けさがアパートを包み、人々は彼女のことを忘れていく。
そして明美の部屋は、今もなお影に包まれたまま、静かに存在している。
青葉荘は再び、誰も近づかない場所となった。