「火の海に消えた漁師たち」

秋のある夜、漁村の若者、翔太は仲間たちと共に小型の漁船を出していた。
村の伝説によれば、火が灯る海からは、亡霊たちの声が聞こえる場所があるという。
それはこの村にとって忌まわしい言い伝えであり、漁師たちは決して近づかない場所だった。

しかし、翔太たちは好奇心から、火が燃えるその場所へと向かうことにした。
「あの伝説なんて、ただの噂さ」と翔太は言い放つと、仲間たちは一斉に笑い合った。
彼らの間にあったのは、若さゆえの無謀な自信だった。

夜が深まり、氷のような風が吹き始めると、彼らの船は何度も波に揺られた。
仲間の一人が「そろそろ引き返そうぜ」と言い出したが、翔太はそれを無視して進み続けた。
やがて暗闇の中に、かすかに赤い光が見えてきた。
それはまるで海の上で燃える火のように、柔らかな明かりを放っていた。

近づくにつれ、翔太の心に不安がよぎる。
何かが彼を止めようとしているのか、周囲の静けさが異様に感じられた。
しかし、仲間たちはその光に引き寄せられるように、興奮した声を上げた。
「なんだあれ!行ってみよう!」

船は赤い光の近くに停まり、皆が下を覗き込むと、そこには見知らぬ漁船が浮かんでいた。
船には古びた漁具が積まれ、朽ち果てたまま放置されているようだった。
「ここに誰かいるのか?」翔太が声をかけても、答える者はいなかった。

その時、仲間の一人が不吉なことを言い出した。
「この船、あの村の昔の漁師のやつじゃねぇか?」彼の言葉にのしかかるように、静寂が深まる。
翔太はその夜に何が起こるのか、まるで見当がつかなかった。

突然、漁船の向こうからかすかな声が聞こえた。
「離れろ…!」昆虫のようにひそやかで、揺れるような声だった。
翔太は一瞬、恐怖に胸が押しつぶされた。
しかし、他の仲間たちはその声を無視して、船の後方へと進んでいく。

「もういい!引き返そう!」翔太の叫び声も虚しく、彼の言葉は風にさらわれていった。
その瞬間、海面から青白い炎が立ち上がり、全員がその光景に目を奪われた。
しかし、その炎が徐々に形を変え、一体の人影が立ち上がると、翔太は恐怖のあまり息を呑んだ。

影は手をかざし、彼らに迫ってきた。
「理を求める不幸な者よ、あなたたちは消え去る運命だ」と囁くその声は、まるで亡霊のように響いた。
仲間たちは驚いて後退り、翔太も何もできずにぼうぜんと立ち尽くした。
彼の心の中には、かつての漁師たちの無念が宿っているようだった。

その時、重い空気の中で一人の仲間が恐る恐る言った。
「ここが、火が灯る海だ…」影の存在が迫る中、翔太は彼らの間の絆が崩れそうだと感じた。
「逃げよう!」翔太は叫んだ。
全員が慌てて船のエンジンをかけようとしたが、どうしても動かなかった。

火の精霊は彼らに向かって、さらに近づいてきた。
「この海に来た不幸な者よ、運命から逃れることはできない。」その言葉に、翔太はまるで心を奪われたように感じた。
彼自身がこの火の海に呼ばれたのだろうか。

ひときわ大きな波が船を揺らし、彼らは一瞬にして転覆してしまう。
翔太は水中に沈み、周囲の暗闇に包まれていった。
恐怖でもがく彼は、仲間たちの声がかすかに聞こえるのを感じた。
しかし、それもすぐに途切れ、彼は深い水の中へ巧みに消えていった。

その後、村の漁師たちは夜の海で翔太たちの姿を一度も見かけなかった。
火が灯る海は、今も深い闇の中で不気味に静まり返っており、未解決の漁師の念が漂っているという。
村には再び 彼らの伝説が生まれ、それからは誰もその海に近づかなくなった。

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