「山の愛に隠された呪い」

山の中にある小さな村、そこには古くから語り継がれている不気味な伝説があった。
この村では、毎年秋になると、誰かが山に入って行方不明になると噂されていた。
村人たちはその現象を「山の愛」と呼び、恐れを抱いていた。
愛に導かれ、山へ誘われるというのだ。

ある年、大学生の陽介は友人の健太とともに、この伝説を検証しに行くことにした。
二人はあまり信じていなかったが、柿崎という村の女性からの話に興味を持った。
彼女の兄が数年前に行方不明になって以来、彼女は心に深い傷を抱えていた。
両親がそのことをどのように受け止めているかは想像できた。

陽介と健太は、夜が深くなる前に山のふもとに到着した。
月が煌々と輝き、周囲を照らしていたが、山の奥からは息をのむような静寂が広がっていた。
二人は気合を入れ、山道を登り始めた。

数十分歩いた後、周りの景色は一変した。
霧が立ち込め、視界が悪くなり始めた。
陽介は「おい、霧が出てきたな。大丈夫か?」と心配になったが、健太は「大丈夫だよ、少し行ってみよう」と意気込んでいた。

進むにつれて、陽介はどこからともなく響く声に気付いた。
かすかな呼びかけが耳に届き、「陽介、助けて…」と聞こえた。
彼は不安を感じ、立ち止まった。
「健太、今、声が…」と言ったが、健太はそのまま何かに引かれるようにさらに進んだ。

「待ってくれ!」陽介は急いで健太を追いかけた。
すると二人は、巨大な岩の前に到達した。
岩の上には薄暗がりの中にぼんやりとした影が見えた。
その影は、恐ろしいほど美しい女性の姿をしていた。
彼女の目は、二人の心を引き裂くような瞳で、まるで永遠に愛を求めているように見えた。

「私を助けて…」女性は再び呼びかけた。
その言葉には不思議な力があり、陽介は思わず彼女に引き寄せられた。
だが、健太は冷静を保とうとしていた。
「陽介、行くな!これは罠だ!」と叫んだ。

陽介は思わずその場を離れることができなかった。
彼の心の奥深くに、女性に対する愛と同時に恐れが渦巻いていた。
一方、健太は何とか陽介を引き戻そうと、岩をよじ登ったが、足元をすくわれて転落してしまった。
彼は懸命に山を這いつくばっていたが、意識を失う直前に「陽介、おまえは俺を見捨てるな…」と叫び、さらに崖の向こうに消えていった。

その瞬間、陽介は我に返り、女性に立ち向かう決意をした。
「お前は誰だ!なぜ私を呼ぶ?」と声を張り上げた。
女性は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに哀しみに満ちた眼差しに戻った。
「私はこの山の愛を受け入れた者。かつてあなたのように、愛する人を失った…」そう語る彼女の声には、どこか怨念が滲んでいるように感じた。

陽介は心を決め、「その愛は、単なる束縛に過ぎない。お前はあの村の女の子でしょ?愛する人のために生きるべきなんだ」と訴えた。
その言葉が響いたのか、女性の表情は少し和らいだ。
「私も、彼と共にいたいと思ったのに…」と呟いた。

そして彼女は、陽介の目を見つめ、「もしあなたが私を受け入れてくれるなら、私は解放される。この山からも、愛からも…」と言い残し、淡い光に包まれながら崖の向こうへ消えていった。

陽介は決して忘れられない光景を目にしながら、山を降りることを決意した。
しかし、彼の心には友人健太の声とともに、山の愛の試練が深く刻まれていた。
二人はどこかで絆を失いかけていたが、それを再確認する必要があったのだろう。
山を後にした陽介は、きっとこの愛の深さを抱え、今後も生きていくことを誓った。

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