「時計塔に宿る声」

町は静まり返り、いつも賑わうはずの通りもどこか不気味に感じられた。
夕暮れ時、そんな町の片隅に住む少女、ラは不安な気持ちでいっぱいだった。
彼女には、最近町で噂されている不気味な現象があったからだ。
それは、夜になると町の中心にある古い時計塔から、誰もいないはずのその場所で「え」と呼ばれる声が聞こえてくるというのだ。

最初は気のせいかと思っていたラだったが、その声は日に日に強くなり、真夜中に耳にすることも増えていった。
近所の人たちは怖がってはいたが、誰も真剣には取り合わなかった。
しかし、ラはその声に何か不思議な力を感じていた。
「これは私だけが知っている秘密かもしれない」と彼女は心の中で思った。

その夜、ラは思い切って時計塔に近づくことに決めた。
町の中心に向かうにつれ、陰鬱な雰囲気が漂ってきた。
月明かりが照らす中、一歩踏み出すたびに心臓の鼓動が速くなる。
彼女はその声が何を求めているのか、恐怖心よりも好奇心が勝るのだった。

時計塔の前に立つと、その声が再び耳に入った。
「え…」という微かな響き。
ラは思わず身を震わせたが、ドアを開ける勇気を振り絞った。
中は見事に手入れされているようで、古びた家具が並び、時計の針がゆっくりと動いている。
音の発信源を探ると、突然、背後から冷たい風が吹き抜け、ラは思わず振り返った。

「誰かいるの?」と、恐怖に包まれた声を出すと、またその声が聞こえた。
「え…お前…」まるでラの心の声を代弁するかのようだった。
恐怖心から逃げたくなる気持ちを抑え、彼女は声の正体に近づいていく。

と、その時、空気が変わった。
時計の針が異常な速さで進み、全ての音が消えた。
辺りは真っ暗になり、ただ一つ、時計塔の心臓部から放たれる淡い光だけがラを照らしていた。
光の中から現れたのは、自らも時を司る存在—時間の精霊だった。

「私はこの町を守っている者、時の精霊だ。だが、長い間お前たちの無関心により、私の力は弱まってしまった。この町の真実を知り、皆に伝えて欲しい」と、精霊は静かに語る。
ラはその言葉を受け入れる覚悟を決めた。

それから、何日も町での生活を送りながらラは時間の精霊を心に留め、時折その声を思い出した。
彼女は「へ」を示し、その存在の重要性を人々に伝え始めた。
最初は誰も信じようとしなかったが、少しずつ真実が広まるにつれ、町の人々の意識は変わっていった。

やがて、時計塔の周りには人々が集まり、精霊に感謝の意を示すために行事が行われることになった。
毎月一度、町の人たちは集まり「け」と呼ばれる儀式を行い、町を守るための時間の精霊への感謝を忘れないことを誓った。
ラは、恐れではなく、友好の象徴としたその声に触れ、町は次第に明るさを取り戻していった。

ラの勇気ある行動により、町に平和が戻り、時計塔からの声はもはや恐怖の象徴ではなくなった。
その後、彼女はその声を自分の心の一部として受け入れ、新たな思い出を重ねていった。
一人の少女の決意が、町を再生させるきっかけになったのだ。

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