彼の名前は又村健二。
健二は仕事の関係で、何もない辺境の村に引っ越すことになった。
この村は周囲を山に囲まれ、交通も不便で、夜になるとその静けさが異様に感じられるほどだった。
彼は新しい環境に胸を躍らせていたが、村人たちの様子にはどこか影を感じた。
ある晩、健二は村の小さな酒屋で地元の酒を飲んでいた。
酒屋の女将が言う言葉が耳に残る。
「この村は少し不気味なところよ。過去には血の惨劇があったの。」
彼は興味を引かれ、思わず女将に尋ねた。
「どんな惨劇ですか?」
「昔々、この村では二つの家族が争っていた。負けた方は恨みを晴らすため、最後の手段に出たの。村の中心にある井戸から、秘密の儀式を行ったと言われている。」
健二は話を聞くにつれ、その井戸の存在が気になり始めた。
さらに女将が言う。
「数年前、若い者がその井戸で見知らぬ何かを見たと言って、急に消えてしまったよ。」
その夜、健二は村の奥深くへと足を運び、井戸を探すことにした。
月明かりに照らされた森の中、彼は不安を感じながらも、ドキドキと期待に胸を膨らませていた。
すると、やがて古びた井戸を見つけた。
井戸の周りには黒い泥がひしめいていて、まるで誰かが這い上がってきたかのような跡が残っていた。
彼は好奇心から井戸の中を覗き込むと、底の方に赤い何かが見えた。
その瞬間、不意に背後から冷たい風が吹き、何かが彼の足元に寄ってくるのを感じた。
慌てて振り返ると、誰もいない。
しかし、その違和感を無視できず、彼は再び井戸の中に目を凝らした。
すると、赤いものが少しずつ浮かび上がってくる。
それは血のような色合いを持つ泥だった。
「どうしてこんなところに……?」
彼の心の奥底に恐怖が忍び寄る。
その瞬間、今度は目の前が真っ暗になり、健二の意識が消えかけた。
目を開けると、彼はやっとのことで村の酒屋の前にいた。
時間も経っているようだが、何が起こったのか全く思い出せない。
周りを見回しても、村は静寂に包まれていた。
不安になった健二は、再び酒屋へと戻ることにした。
しかしその時、目の前に現れた村人たちの表情がひどく冷たく、彼の背筋に寒気が走った。
一人の村人が言った。
「またお前か。あの水が気に入ったのか?」
健二はその言葉の意味がわからず、凍りついてしまった。
「水? 何のことですか?」
「井戸に入れられた、お前の血のことだよ。消えた者たちの血。」
村人の言葉が胸に突き刺さる。
自分が何を知ろうとしたのか、思い出すにつれて、恐怖が募ってくる。
彼は必死でその場を逃げ出したが、村の空気が重く、自分が何かに呪われているかのような感覚が襲ってくる。
家に帰りつくと、何をやっても無駄に感じた。
村の人々が言っていたように、自分の中で何かが変わってしまったのかもしれない。
井戸の水を覗いたその夜、彼の身体のどこかに、永遠に消えてしまった者たちの血が流れ込んだような気がした。
健二は、村を離れようと何度も考えたが、何かに縛られているかのように、動けずにいた。
そんなある日、また村人が現れ、彼を井戸に連れて行くことになった。
彼は恐怖に駆られながらも、その引き離せない運命に抗うことはできなかった。
行く先には、消えた者たちが囁く声が待っていた。