雨が降りしきる夜、深夜の駅はほどんど無人だった。
灯りが乏しいホームで、影のような存在が一人佇んでいた。
彼の名前は睦（むつみ）。
彼は仕事を終え、酔った頭を抱えながら、駅のベンチに座っていた。
濡れた髪の毛が額に張り付く感触が不快だが、彼はそのまま目を閉じ、しばしの休息を取ることにした。
時折鳴り響く列車の音が、彼の意識を遠のかせていく。
どれくらいの時間が経ったか、ふと睦は目を開けた。
その瞬間、目の前に見えたものに彼は驚愕した。
駅のホームに、彼の視線の先に、一人の少女が立っていたのだ。
彼女は白いワンピースを纏い、長い黒髪が雨にぬれた顔を隠していた。
彼女の表情は見えなかったが、静かに彼を見つめている気配があった。
「おい、待ってくれ」と睦は叫んだが、彼女は微動だにしなかった。
まるで薄暗い闇に飲み込まれるようにその姿はどんどんと遠ざかっていく。
彼は彼女に近づこうとして、ゆっくりと歩み始めた。
しかし、何かの力に阻まれるかのように、彼は動けなくなってしまった。
睦は咄嗟にその女生徒の元へ駆け寄ろうとしたが、心の中で何かが叫ぶ。
「近づいてはいけない」と。
彼はその警告を無視し、足を運ぶ。
しかし、急に彼の視界が暗くなり、目の前の光が消えた。
彼は心臓が高鳴り、呼吸が乱れるのを感じながら現実に引き戻された。
そして、睦は何とか視界を戻そうと必死になったとき、またその少女が目の前に現れた。
今度は彼女の表情が見えた。
目は虚ろで、まるで何も見えていないかのようだった。
「あなたには帰る場所があるでしょう？」と彼女は囁いた。
その声は、耳に残るが決して彼の心を和ませるものではなかった。
睦は、不安感が押し寄せるにつれて、彼女の存在が何を意味するのか理解し始めた。
彼女は亡くなった少女であり、この駅に取り憑いている存在だと。
彼は恐れの感情から後ずさりする気持ちが抑えきれなかった。
「私も、帰る場所が欲しい」と少女は続けた。
「私の敵は、私をここに縛りつけている。」成仏を果たすことすらできないまま、この世に留まるという事実が、哀しみと怒りとなって睦の心を締め付けていく。
その時、再び彼女の姿が消え、睦は周囲を見渡した。
背後に遠い音が聞こえ、ただの通過電車かと思ったが、何かおかしいと感じた。
彼女の言葉は脳裏にこびりつき、意識が混乱する。
睦は一人、駅の暗い隅で迷子になっていく。
彼の持っていた「安全」という言葉が崩れ去る。
再び少女が現れたとき、彼女の手には、かすかに光を放つ小さな物体があった。
それは彼女が片手に抱えたまま、睦の目の前に差し出された。
「これを使って、私を助けてほしい。」光の輝きが強くなるにつれて、睦はその物体の正体が何かを理解した。
それは、彼女の未練を象徴するようなものだった。
「君を助けるには、私はどうすればいい？」彼は声を震わせた。
「私を、この世から解放してほしい。私を包む影が薄くなるように、私を消してほしい。」彼女の目が睦に向けられる。
彼はその瞬間、彼女の「敵」がこの駅のどこかにいることを悟った。
それは彼女と同じように悪意を持つ存在であり、睦にとっても避けるべきものとなった。
睦は心を決めた。
「君の敵を見つける。君のために戦う。」その言葉を聞いた彼女は、少しだけ笑ったように思えた。
彼は少女のために、そして自分自身のために、この不気味な駅で直面する運命に立ち向かう決意を固めた。
夜が明けるまでのわずかな時間、この混沌とした場所での戦いが始まった。
彼の心の中で、もう一つの影が動き出していた。
