「彼女が残した言葉」

夏の暑い日、陽太は友人たちと共に、田舎の古い学校に遊びに行くことにした。
そこは、かつて生徒が不可解な事故に巻き込まれたことで閉校となった場所であり、今でもその噂は語り継がれている。
しかし、彼らにはそんな恐怖を感じる余裕などなかった。
何も知らず、ただの遊び心で学校の中を探検しようとしたのだ。

廊下を歩くにつれ、古びた木の床が軋む音が心をざわつかせた。
陽太の友人である健が、カメラを片手に「この学校の怪談を撮影しようぜ」と提案した。
数年前に学校で命を落とした生徒の話が持ち出される中、他の友人たちも乗り気になり、得意げにカメラに向けて笑いを浮かべた。

陽太はどこか不安を感じながらも、彼らの楽しそうな様子に合わせることにした。
彼は、呪われたと言われる生徒の霊を恐れながらも、興味本位でその教室に足を踏み入れることにした。
そこは静まり返り、机や椅子が不気味に並んでいた。
壁には黒板があり、そこには何も書かれていなかったが、かすかに目に見えない手で擦られたような痕が残っていた。

「おい、ここで肝試しをしないか?」と友人の亮が言った。
陽太は強く拒否したが、結局無理やりその場にとどめられることになり、笑い声がこだました。
環境が異様な雰囲気を醸し出していることを感じつつ、陽太は一人の緊張感に苛まれていた。

その時、急に学校全体が静まり返り、周囲の温度が明らかに下がった。
記録するためにスマートフォンのライトを点けたが、光が何かを捉えようとした瞬間、黒板の端に小さな文字が見えた。
「助けて」と書かれていたのだ。
友人たちはその文字を見て冗談のように笑ったが、陽太だけは背筋が凍る思いをした。

次第に、陽太は周囲に違和感を覚えた。
それはどこからともなく感じる視線だった。
彼は振り返ると、仲間たちがいないことに気づいた。
恐怖が彼の心を捕らえ、廊下を駆け回るも、誰の声も届かない。
無情に響く足音は彼一人のものだけだった。
迷子になったような感覚の中、バタバタと突き進むと、目の前にはかつての教室が現れた。

彼女の名前は美咲。
かつて陽太と同じ学校に通っていた少女で、命を落とした事故の犠牲者だった。
彼女の姿は、まるで彼を待っていたかのようにそこに立っていた。
無表情で彼を見つめるその目には、恨みとも悲しみとも取れる感情が宿っていた。
陽太は彼女の瞳に魅了されながら、まるで吸い込まれるかのように近づいて行く。

「助けて」と彼女の声が響いた。
それはまるで心の奥に直接響くような音であった。
陽太は一瞬、自分自身が何をされそうなのか理解できなかった。
彼女の意思の籠った声が、今の自分には何か重要なことを伝えようとしていると気づく。

次の瞬間、彼には見えなかったが、後ろから友人たちの声が聞こえた。
「陽太、大丈夫か?」その声を聞いた彼は、はっと我に返り、振り向くもその方向には誰もいなかった。
美咲の姿は消えていた。

陽太は恐怖を抱えながらも、急いで友人たちの元へ戻ろうとした。
すでに彼はその学校から出ようとしていたが、振り返ることができずにいた。
彼女の存在を忘れたくなかったが、同時にその場を離れたくてたまらなかった。

何とか友人たちの元に戻った陽太は、何が起こったのかを話そうと思ったが、その声は出なかった。
彼の瞳には、美咲の白い影が浮かび続けていた。
そんな彼の心の奥に広がる不安は、今後も消えることはなかった。
命の重みを抱えずにはいられない、そんな恐ろしい因縁を背負ったまま、彼はその日を忘れることはできなかった。

タイトルとURLをコピーしました