商業地区の一角にある「落とし物センター」。
その名の通り、落とされた物が集められ、持ち主が訪れるのを待つ場所だ。
このセンターには、物が落ちてくる原因についての不思議な噂が立っていた。
“商いの争い”が絡む人々の恨みや願望が凝縮されているせいで、物は意図せずして落ちるのだという。
そのため、この場所にはいつも独特の空気が漂い、訪れる者はどこか不安を感じる。
ある日、貴志という若者がこの場所を訪れた。
彼は近くで雑貨店を営んでいるが、最近、商売がうまくいかず、何か特別な力を求めていた。
友人からこの落とし物センターの噂を耳にし、藁にもすがる思いでやってきたのだ。
貴志は、物が落ちてくるのはその場所にたまった思念が原因だと聞き、そこから得られるエネルギーを自分の商売に生かそうと考えた。
センターに足を踏み入れると、さっそく彼は目に見えない何かの気配を感じた。
薄暗い照明の下、壁一面に並んだ落とし物たちは、何か訴えかけるような存在感を放っていた。
貴志は心臓が高鳴るのを感じながら、物の中に潜む力を感じ取ろうとしていた。
すると、突然、彼の視界の隅に、わずかに揺れる影が見えた。
貴志はそれに目を凝らすと、そこには一人の女性が立っていた。
彼女は、白いワンピースを身にまとい、長い髪をした美しい顔をしていたが、その目は恐ろしいほどの静寂をたたえていた。
貴志は彼女がこの場所に関係しているのかと思い、恐る恐る近づいてみることにした。
「あなた、ここで何をしているのですか?」
女性は無表情で答える。
「私はここで、『商』を眺めています。私の物たちが、ここで廻っているから……」
彼女の言葉に、貴志は興味を持った。
どうやら彼女は、商売がうまくいかなかった過去を持つ者のようだ。
彼女はある物品を手に取り、動きがぎこちなくなった瞬間、彼女の周りに浮かぶ小さな物たちも一斉に揺れた。
「物は争いを引き起こします。私たちが去った後の思念が、ここに残るのです。」
貴志はその言葉に震えた。
彼は、人々の争いによる思念が、落とされた物に宿るという噂を思い出した。
それはこの女性が、かつて争った結果としてここにいるのかもしれない。
しかし、彼の商売を成功させたい思いが、彼をその気持ちから引き離すことはできなかった。
「私も力を手に入れたい。あなたの思念を貸してくれないか?」
その瞬間、女性の表情が変わった。
怒りや悲しみが交じり、彼の目をじっと見つめる。
「私たちは、去った後も物に留まるのです。お前の望みは、私が過去の争いに巻き込まれることしかない。」
彼女の言葉は、重苦しく、沈黙の中で響いた。
貴志は彼女の境遇に共感したが、同時に自分の意思を曲げる気はなかった。
彼は無意識に手を伸ばし、彼女が手に持っていた物を奪うように掴んだ。
すると、周囲の物たちが一斉に落ち始め、貴志は目を回しそうになった。
「商業の争いに巻き込まれるのはあなたではなく私なの!」女性は叫び、貴志に向かって迫った。
彼はその光景から逃れようと、闇の中を走り続けた。
しかし、物たちは彼の後を追いかけ、過去の思念が彼に襲いかかる。
彼の商売の成功を目指す野心は、気づかぬうちに争いを生み出し、彼自身をも食い尽くそうとしていた。
気がつくと、貴志はセンターの外に飛び出し、息を整えながら振り返った。
しかし、彼の後ろには、女性の姿も、落とし物の山も、どこにも見当たらなかった。
ただ、薄暗い漠然とした空気が漂っているだけだった。
それから数日後、彼の店は突然繁盛し始めた。
だが、彼はそのことが自分の手に入れた思念のせいだとは感じていなかった。
むしろ、物が落ちそこに存在し続ける『商』の争いを忘れずに過ごしていくのだった。
彼の店は繁盛したが、常に誰かがその影に怯えていることを忘れてはいけない。