彼女の名前は影。
影は普通の女子大生で、学業に勤しむ日々を送っていたが、ある夜、彼女の人生は一変する。
影は仲間と約束を交わし、肝試しに参加することにした。
舞台は、大学のキャンパスの裏手に広がる深い森。
古くから「イ」と呼ばれているその場所には、数多の噂が残されていると言われていた。
「この森に迷い込むと、自分の影が喋り掛けてくるというのよ」と友人が笑いながら言った。
しかし影は、その話にあまり信憑性を感じていなかった。
皆の期待を背に受け、彼女たちは森の奥へ進んでいく。
夜は深まるにつれ、周囲は冷たい霧に包まれ始め、視界を奪う。
影と友人たちは笑い声を交わしながら進んだが、次第にその雰囲気は重苦しさを増していった。
「ここ、やっぱり不気味ね」と誰かが呟いた。
その瞬間、影の足元に冷たく黒いものが寄ってきた。
それは彼女の影だった。
普段は無邪気に寄り添う存在でしたが、今夜に限っては何か異なる。
影は、まるで呼びかけるかのように大きく動き、彼女を森の奥へと誘っていた。
「ねえ、影、何をするつもりなの?」と恐れを抱えながら問いかけたが、当然返事はない。
ただ、その動きはますます激しくなり、彼女の意志とは無関係に身体が進んでいく。
気がつくと、仲間たちは姿を消していた。
影は一人、静まり返った森の中で、ただその黒い影に拘束されるように立ち尽くしていた。
「待って、みんな!」影は叫んだが、答えは帰ってこなかった。
その時、影の脳裏にひとつの恐ろしい記憶がよみがえった。
幼い頃、影は何度も自分の存在を問う夢を見た。
夢の中で、自分の真実の姿を見失う恐怖に悩まされ、誰かに助けを求めていた。
しかし、その声は誰にも届かず、闇に飲み込まれてしまったのだ。
影は恐れに駆られ、必死にその場から逃げ出そうとした。
だが、影は彼女の足を引っ張り続けた。
「逃げても意味がない」と言わんばかりに、影は光を失い、真っ暗な深淵へと引きずり込もうとする。
どれだけ逃げようとしても、その影は彼女の後を追い続けた。
「忘れないで」と囁く声が響く。
それは自分の声と重なり、影の中から響いてきた。
自分を見失うという恐怖、それは彼女にとって最も大きな痛みだった。
影はすべてを捨て、再び自分を取り戻すために前に進むことを決意する。
彼女は立ち止まり、森に向かって叫んだ。
「私は影じゃない、私は私自身だ!」その瞬間、周囲が静まり返った。
霧が晴れ、光が差し込んできた。
影は驚くほどの解放感を感じた。
影の存在は薄れていき、代わりに明るい光に包まれた。
時が経ち、影は仲間たちを見つけることができた。
しかし、その光景には驚きがあった。
彼女たちは影を囲み、影はそのまま立ち尽くしていた。
彼女の存在が消え、影だけが静かに佇んでいたのだ。
「私は、私はどこにいるの?」影の声は風に溶け込んでいく。
その夜、影は自分を見つけることができなかった。
迷い込んだ森、その名のイは彼女にとって、再び向き合うことを強いる試練の場所だった。
影は「影」となり、何も伝えられず、気がつくと彼女は失われた存在となってしまった。