雨が降りしきる湿気を帯びた夜、村外れにある古びた小さな神社を舞台に、青年の亮は友人の和樹とともに気晴らしに訪れていた。
神社の周りの木々は深い緑に覆われ、どこからともなく湿った土の匂いが漂い、その重苦しい静寂が亮たちを包み込んでいた。
どことなく気味の悪さを感じつつも、亮は普段のストレスから解放されたい一心で、この場所に足を運んだのだった。
深夜、彼らは神社の本殿に近づいた。
入り口の扉は古びてひび割れ、厚い湿気で覆われている。
和樹は「おい、ここに来るのは初めてか?」と尋ねると、亮は「そうだな、噂には聞いたことがあるが…」と答えた。
二人は、肝試しだと笑いながら中に入っていった。
神社の中は、暗闇が一層と深く、湿った空気が重く感じられた。
薄明かりの中、古い神道の御神体が哀れな姿で置かれ、そこへ近づくにつれ、亮たちの心に奇妙な不安が募った。
「寒気がするな」と和樹が言うと、亮もうなずいた。
そのとき、突然、冷たい風が神社の中に吹き抜け、二人は身震いした。
亮は不安感を振り払おうと大声を出した。
「ただの風だろ!」しかし、和樹の表情は不安に曇り、「なんかおかしい…帰ろうよ」と言った。
亮は和樹をなだめながら、もう少しだけ中を探索しようと提案した。
さらに奥へ進むにつれ、亮はふと妙な音を耳にした。
水が滴り落ちる音、何かが動く気配。
やがて二人は、幾つかの小さな石祠が並ぶ空間に辿り着いた。
そこは陰気な雰囲気をまとい、周囲の湿気が一層と重くなっていた。
亮は興奮から、和樹に「もっと探ってみよう」と囁く。
突如、目の前の祠から何かが現れた。
暗闇の中から伸びる長い影、その先には人の顔が逆さまに映し出されていた。
恐怖を感じた亮は慌てて後退り、「和樹、見て!」と叫んだ。
しかし、彼の声は小さく遠くなり、和樹はすでに消えていた。
亮はパニックに陥り、周囲を探すが、どこに行ったのか分からない。
まるでこの場所から逃げようとしても、その影が彼を追うように囁いてくる。
「戻って来い、終わらない夜の中へ」と。
亮は全身に恐怖が走る中で、必死に出口を探した。
神社の中をさまよい続ける亮は、次第に自分がこの場所に囚われていることを悟る。
「どうして、和樹と一緒にいなかったんだ…」と後悔の念が胸を締め付ける。
彼は影の声が、和樹の声に似ていることに気づく。
「逃げるな、私たちなのだ」と、耳元で囁く。
もはや逃げられない。
亮はただひたすら出口を目指し、足元を滑らせながら前進する。
すると、目の前に開けた空間が現れ、彼は必死にそこへ向かおうとした。
しかし、その瞬間、彼の周りの風景が急速に歪み、まるで神社全体が逆さまに回転し始めた。
亮は意識が朦朧とし、視界が混乱する。
しかし、心のどこかで和樹を探し続けている自分がいた。
「和樹、どこにいるんだ!」と叫びながら、彼は今までにない恐怖を抱いていた。
やがて、全てが静かになり、亮は孤立した空間に立たされている。
彼は一人だけ、湿気に満ちた空気の中で逆さまの自分自身を見つめていた。
和樹の消えた理由はわからないが、心のどこかで彼が戻ってくることを待ち続けていることを理解してしまう。
まるで、自分もまた、この神社に消えてしまったかのように。
逃げ場を探しても、すでにその運命から逃れられないことを感じながら、亮はただ立ち尽くし、永遠に続く静寂の中、彼の意識が消えて行った。