「月影宿の呪縛」

彼女の名前はリカ。
大学の友人たちと一緒に心霊スポット巡りをする計画を立てたとき、普段の喧騒から離れた「宿」を探していた。
最終的に選んだのは、古びた宿の一つ、山奥に佇む「月影宿」と呼ばれる場所だった。

宿に到着すると、古い木造の建物が静かに佇んでいた。
宿の周囲には、背の高い木々が生い茂り、真っ暗な森に囲まれている。
どこか不気味な雰囲気が流れ、友人たちも少し緊張した面持ちだった。
しかし、リカはそんな雰囲気に心を躍らせていた。

チェックインを済ませ、宿の主人から聞いた話を思い出した。
昔、この宿では、ある若い女性が深い悲しみに暮れた末に自ら命を絶ったという。
その者の霊が宿に残っていると言われていた。
リカは興味津々でその話を聞いていたが、友人たちは気味悪さを感じていた。
だが、彼女はそんなことを気にせず、宿の中を探検することにした。

夜が更けた頃、彼女たちは各自の部屋に戻ることにした。
リカは窓の外を眺めると、月明かりが木々の間から差し込んで幻想的な景色を作り出していた。
その時、ふと窓の外に何かの気配を感じた。
彼女は思わず視線を向けると、そこには見知らぬ女性が立っていた。
顔は白く、長い黒髪が風になびいている。
彼女はリカと目を合わせると、微笑みを浮かべた。

「あなたも、一緒にここにいるの?」その声はささやくようにやさしく、しかしどこかひやりとした印象を与える。

驚いたリカは目をそらしたが、思わずそのまま立ち尽くしてしまった。
恐怖と好奇心が交錯する中、女性の存在がどんどん近づいてくるように感じた。
しかし、次の瞬間、女性の姿は消えてしまった。

リカは不安な気持ちを抱えながら、友人たちの安否を確認することにした。
彼女たちの部屋を訪れると、みんな少々怯えている様子だった。
「外に誰かいた気がしない?」リカは問いかけたが、誰も返事ができない。
彼女たちは、薄暗い廊下の先に立っていた女の姿を目撃したと言い出した。

夜も深くなり、宿の静寂が一層重くのしかかる。
突然、誰かが宿の中で叫んだ。
それは友人の一人だった。
彼女はまっすぐに廊下を走り去り、恐怖に満ちた表情を浮かべていた。
リカは急いでその後を追った。
宿の中は異様な静けさに包まれ、足音だけが響いていた。

彼女たちが辿り着いたのは宿の一番奥の部屋だった。
リカは恐る恐る扉を開ける。
中には、どこか不気味な雰囲気を醸し出す古い木の家具が置かれていた。
そして、長い影が床に映っていた。
そこに立っていたのは、先ほど見た女性だった。
だが、彼女の表情は恐怖に満ち、目はどこか虚ろだった。

「私を、助けて…」その声は通常のものとは異なり、まるで何かに縛られているような響きがあった。
リカはその瞬間、女性の足元に目を向けると、何か異形のものがそこに潜んでいるのを見つけた。
それは樹木の根だった。
女性は、宿の中で木に取り込まれ、自らの命を亡き者にされていたのだ。

友人たちは恐ろしくて声も出せず、ただそれを見守るしかなかった。
リカは突然の出来事に心がざわつくのを感じ、思わず後ずさりする。
しかし、その瞬間、木の根が彼女の足元を掴み、宿の奥へと引き込もうとした。

「助けて、お願い!」リカは恐れを抱えながら叫んだ。
すると、宿の空気がざわめき、彼女の周りに嗚咽の声が響き渡る。
友人たちも恐怖で震えている。
幽霊はその瞬間、涙を流しながら、静かに姿を消した。

宿がどれほどの時間を経たのかはわからない。
彼女たちは、叫び声から逃げるように宿を後にした。
そして、道に出た瞬間、再び静寂が包み込み、月の光が照らし出していた。
リカはその夜の出来事が、心に深い傷を残すことになるとは知らず、ただ宿から遠ざかることだけを願った。

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