彼女の名前は美奈。
美奈は、大学のサークル活動で登山を深める仲間とともに、冬の山に挑むことにした。
季節は終わり、雪に覆われた山々はその美しさとは裏腹に、恐ろしい秘密を秘めていた。
メンバーは美奈の他に、朝輝、優子、健太の四人。
みんなでキャンプ場までの道のりを歩きながら、楽しい会話を交わした。
しかし、山に入るにつれ、周囲の空気は次第に重たいものになっていった。
冷たい風が吹き抜け、樹々の間からは不気味な囁きが漏れ聞こえてくるようだった。
夜が迫り、彼らはキャンプ場に到着した。
テントを設営し、焚き火を囲んで食事を摂りながら、自然と怪談が話題に上った。
「この山には、練という霊が出るって噂を聞いたことある?」健太が言った。
「練?」優子が首を傾げた。
「それは何?」
美奈はその噂を知っていた。
「練は、野生動物の姿を借りて人間に近づき、孤独を感じた人を誘惑する霊なんだって。驚いたことに、彼に捕まると、永遠にその山から出られないと言われている。」
一同はその話に興味を持ち、盛り上がったが、夜が深まるにつれ、彼らの気持ちは不安に変わっていった。
周囲の静寂が、山の中にいるという孤独感を一層強めていた。
煙が消え、焚き火の明かりも弱まる中、美奈は何かが彼らを見ているような感覚に襲われた。
その時、風が強く吹いてテントが揺れた。
朝輝が恐る恐る立ち上がり、「ちょっと外の様子を見てくる」と言った。
そしてキャンプ場の外へ出て行った。
しかし、長い間戻ってこない。
彼らは不安になり、美奈が行ってみることにした。
外に出て、辺りを見渡すと、暗闇の中に潜む影が見えた。
それは人間のようにも見えたが、どこか異様な気配を放っていた。
声をかける勇気が出ず、ただ立ち尽くす美奈。
彼女の背後から、急に優子の声が響いた。
「美奈、早く戻ってきて!」と慌てて叫ぶ。
美奈は心臓が高鳴る中、急いでテントへ戻った。
すると、健太と優子が顔面を真っ青にして待っていた。
「あの影、朝輝を呼んでる…。彼が、どこかに…」
その言葉を聞いた途端、美奈は恐怖に包まれた。
「もしかして、練に捕まったの?」全員が同時に身の毛もよだつ思いを抱き、震えがきた。
彼女たちは、すぐに朝輝を探しに行くことに決めた。
しかし、山道はどんどん複雑になり、雪が深くなっていた。
さらに、何度も同じ場所に戻ってしまう。
まるで、練に導かれているかのようだ。
美奈は、練の存在を疑いながらも、もはや恐怖が彼女たちを支配していた。
「もう戻れない、どうしよう…」優子が泣き出す。
彼女の顔は恐怖で引きつり、みんなの不安が伝染していた。
健太が言った。
「焦るな。冷静に考えれば、必ず戻れる。」そう言いながらも、彼自身も恐怖に直面していることを隠すことができなかった。
不気味な静寂の中、突然、彼らの周りに誰かのささやきが聞こえた。
「助けて、ここにいる…。」その声は、まるで朝輝の声に似ていた。
しかし、周りには誰もいない。
仲間たちの目が不安で揺れる。
美奈は迷わず声を出した。
「朝輝!どこにいるの?」
その瞬間、風が急に強まって彼らを包み込み、視界が完全に奪われた。
寒さが骨まで浸透する中、美奈はただただ叫び続けた。
「助けて!」その叫びは、忘却の中に消えていく。
時間が経つにつれ、心に深い恐怖が根付いていった。
そして気づくと、彼女たちは永遠にこの山から出られない運命なのではないかと感じた。
外では、見えない何かが彼女たちをじっと見つめている。
そう、山の中では、練が待っているのだ。