村の外れに位置する古びた廃病院は、長年にわたり人々から忌み嫌われていた。
その病院は、かつて病気で苦しむ人々を救うために建てられた場所だったが、今やただの恐怖の象徴となっていた。
噂によれば、夜の静寂を破って、病院の中からは不気味な声が響き渡るという。
その日、大学生の佐藤直樹は友人たちとスリルを求めて、廃病院に忍び込むことに決めた。
直樹は心の中でわずかな不安を感じながらも、「怖いことがあったら逃げればいい」と自らを鼓舞していた。
友人たちが笑い声を上げながら病院の中に足を踏み入れると、彼も後ろを追った。
静まり返った病院内を進むにつれて、彼らは薄暗い廊下の壁にかかる古いポスターや剥がれ落ちた塗装を見つめ、恐怖感が徐々に高まっていった。
しかし、彼の心をさらに引き裂く現象が起こった。
突然、直樹は不意に冷たい感触を手のひらに感じた。
彼は目を見開き、振り返ると、そこにはまるで何かを求めるように、伸びた手が彼を掴もうとしていた。
驚きと混乱の中で、直樹はその手から逃れようと必死に後退した。
「大丈夫だ、気のせいだよ!」友人の田中が声をかけたが、直樹はその言葉を無視していくら後退しても、もはや逃げ場がないことに気づいた。
病院の内部は迷路のように入り組んでおり、出口はどこにも見当たらなかった。
その瞬間、彼らの耳に微かに誰かの声が届いた。
「助けて…私を見つけて…」その声はかすかな響きで、切実な叫びのようだった。
直樹の胸にかすかな恐怖が広がった。
「これは呪いなんじゃないか」と、不安が彼の心を覆った。
直樹は仲間を引き連れ、その声の主を探そうとするが、周囲は次第に暗くなり、冷たい風が吹き抜けた。
手に感じた冷たさは次第に強まり、彼の意識を捉えようとしていた。
彼は思わず叫んだ。
「逃げよう、こんな場所は危険だ!」
仲間たちも直樹の言葉に賛同し、さっきまでの楽しさは一瞬で消え去ってしまっていた。
彼らは何とか出口を求めて走り出したが、廃病院の迷路のような構造が彼らをすり抜け、同じ場所を何度も回ってしまう。
その時、直樹の目の前に何かが現れた。
それは、白いドレスをまとった少女の姿だった。
彼女の手は真っ白で、まるで誰かを求めるかのように空中で揺れていた。
心臓が高鳴り、彼は愕然とする。
「この手は、僕を…」彼が声を発しようとする瞬間、彼女の手が彼に伸びた。
その瞬間、彼の肌に凍ったような冷気が走り、彼は思わずのけぞった。
彼女の手に触れた瞬間、彼は心の奥深くに眠る記憶を思い出した。
それは、数年前に亡くなった彼の妹の姿だった。
「どうして…君がここに…」直樹の心に充満する痛み。
彼は過去の自らの過ちを思い起こし、妹を助けられなかった自責の念がよみがえった。
「私は、あなたを助けようと思ったのに…」その時、彼女の手が彼の腕に強く絡みついた。
その瞬間、彼の意識は闇に呑み込まれていくように感じた。
彼は恐ろしい感覚に身を任せていく中、意識が途切れそうになる。
「逃げて…私を捨てて…」彼女の願いは一瞬彼の心に届いた。
最後の力を振り絞り、彼は何とかその手を振りほどくことに成功した。
直樹は仲間に声をかけ、力を合わせて病院を抜け出すことに成功した。
日差しにあたったとき、彼は急に開放感と安堵を感じたが、ふと振り返ると、廃病院の中から彼を見つめる少女の姿が暗闇の中に浮かんでいた。
彼はその瞳の奥に、深い悲しみを感じずにはいられなかった。
直樹はその後、何度もその光景を夢に見た。
呪いが彼を包み、彼の中で徐々に何かを喪失させていた。
そして彼は、再びその病院に戻らなければならない運命にあることを、心の底で感じていた。