原の村は、緑豊かな自然に囲まれた静かな場所だったが、村には古くから伝わる「輪の伝説」があった。
それは、特定の場所にある魔法の輪を中心に亡き者たちの魂が集まるというもので、村人たちは決してその場所に近づかないという暗黙の了解を持っていた。
ある夏の夜、大学から帰省した佐藤健二は、遊び半分で友人たちと一緒にその輪を見に行くことに決めた。
彼は、友人たちと笑い合いながら、月明かりの中を進んでいった。
彼らは「ただの噂だろう」と言い合い、恐れを感じるどころか、興奮に胸を躍らせていた。
原の村の奥に差し掛かったとき、森の中に不気味な静けさが広がっていた。
突然、友人の一人が「ほら、見てみろ!」と指さした先には、草が生い茂った円形の空間が現れていた。
確かに、地面には古びた石が並び、周囲を取り囲むように木々が立っていた。
「これが噂の輪か。」健二は心の中でどう思うかが分からなかった。
「でも、何も起こらないんじゃないか?」
友人たちは興味を持ってその輪の中心に近づき、誰かが「これに触れると、何か変わるかもよ?」と言った。
その言葉に皆は反応し、健二も微笑みながら輪に手を伸ばした。
しかし、その瞬間、冷たい風が吹き抜け、周囲の木々がざわめくように揺れ始めた。
不安になった彼らは、すぐにその場を離れようとしたが、不気味な感覚が体全体を包み込んだ。
「なんだこれ、怖い。早く戻ろうぜ!」友人の一人が言ったが、健二は何かがその輪の中で呼び寄せられているような気がして目を輝かせた。
「ちょっと待って、何かがあるかもしれない!」
彼は興味本位で輪の中心に近づき、目を閉じて耳を澄ませた。
すると、かすかな囁きが聞こえてきた。
「私を見つけて…」その声ははっきりと聞こえ、しかし同時に自分の意志とは無関係な力によって引き寄せられる感覚があった。
気がつくと、友人たちの姿が見当たらない。
「おい、どこにいる!」健二は叫んだが、森の暗闇の中に彼の声は吸い込まれていく。
恐れを感じた健二は慌てて輪から離れようとしたが、踵が石に引っかかり、転倒してしまった。
次の瞬間、彼の周りには霧のようなものが漂い、目の前に一人の女性が現れた。
彼女の表情は悲しげで、どこか儚げだった。
「私は、ここから出られない…」その言葉に、健二は何か不吉なものを感じた。
「お願い、私を助けて…」と彼女は繰り返した。
その声はまるで健二自身の心の奥深くに響き、彼は何かを思い出そうとして必死になった。
しかし、まるで思考が集約されるかのように、何も浮かばなくなった。
彼は輪の魔法に捕らえられたのだ。
「輪の中にいると、失ったものを取り戻せるかもしれない、でも、命を支払う代償があるの」と彼女は続けた。
その瞬間、彼は友人たちの顔が次々に浮かんできた。
「彼らはどうなったんだ?」と彼の心に不安が広がっていく。
やがて、彼はその場から逃げようと必死に足掻いたが、周囲の霧は彼を縛りつけるように絡みついていた。
ほかの魂も現れ、彼らはそれぞれの想いを抱えていた。
彼らの悲しみ、後悔、望みは、健二の周りを取り巻いていた。
「亡くなった者の思いを誰が引き受けるのか、私にはわからない…」健二が思ったその瞬間、彼は体が軽くなり、霧が晴れていくのを感じた。
人々の願いと共に、自身の人生も奥深くに沈んでいくような感覚があった。
彼は再び目を開けると、あの森の中に立っていた。
しかし周りにはもはや友人の姿はなかった。
代わりに、自分だけがその場所に佇んでいる。
心の中には彼らの思いや自らの恐れの輪が彷徨っていた。
恐ろしさの中に、彼はただ一つの事実を悟った。
失われたものは決して戻らないのだと。